第2話 世界樹
翌朝、朝食の席で昨日の夜に見た光景をフェロールとヨハンさんにも話した。フェロールはそんな木があるのかと興味を持ったようだが、ヨハンさんはしきりに首をひねっていた。
おかしいな。あれだけ光っていたのだから、この町でも有名な木だと思っていたんだけど、もしかして違うのかな。
「リディル王子殿下を疑うわけではありませんが、本当に光る木があったのですか? そのような話はこれまで聞いたことがありませんよ」
「え、そうなの? じゃあ、ボクが見たのは、もしかして、夢だった?」
「リディル様、まだそうと決まったわけではありませんぞ。気になるのであれば、本日の視察のときにそこへ行ってみるのはどうですかな?」
「そうだね。そうしようかな。なんだかとっても気になるからね」
そんなわけで、ヨハンさんにノースウエストの町を案内してもらうついでに、昨日の夜、ボクが見た場所へ行ってみることになった。一体何があるのかな。この木なんの木、気になる木があるのかもしれない。
朝食を終えて、トイレもすませて、さっそく町を案内してもらうことにした。なお、トイレはくみ取り式のトイレだった。そうだよね。こんな辺境の地に下水道が整っているはずがないよね。分かってたけど、文明の格差を感じられずにはいられなかった。
町の人たちにあいさつをしながら歩いていく。人口もそれほど多くないようだ。やっぱり町というよりかは村だよね。ボクがこの辺境の地へ来ることになったので、村を無理やり町にしたのかもしれない。そんなことする必要なんてなかったのに。
村の人たちからの反感を買っていたらどうしよう。石とか投げつけられるのかな?
「リディル王子殿下、昨日の夜に見た”光る木”はどちらの方角にあったのでしょうか?」
「えっと、あっちだよ。あの高い山の方角だった」
「あの山はこの辺りでは霊峰と知られている山なのですよ。なんでも、エルフの生き残りが今も住んでいる山だそうです」
「その話、本当なの?」
ボクが知っているのは、この世界にはエルフという種族はまだ残っているものの、その姿を見た人はほとんどいないということだった。この話は家庭教師の先生から聞いたので、ほぼ間違いないだろう。ボクだって一応、王族としての教育をそれなりに受けてきたのだ。途中でおしまいになったけど。
「どうでしょうか? 少なくとも私はお会いしたことはありませんね。町の住人の中にもいるかどうか」
「そっか。残念」
どうやらまゆつばものの話だったようである。でも霊峰としてみんなから認知されているのなら、本当にいるかもしれないな。今度、探検に行くのもいいかもしれない。フェロールが許してくれたらの話だけど。
今、ボクの護衛についているのはフェロールだけである。フェロールは一応、それなりには戦えるという話を聞いている。それでも、本職の人には遠く及ばないだろうけどね。
ノースウエストの町までは何人もの護衛がいたんだけど、到着すると同時に、みんな帰って行ってしまった。もう用済み、と言ったところかな。どうやら無事にここへたどり着くのを見届けるまでが仕事だったようである。そんなもんだよね。
ヨハンさんの案内で、町の境界付近までやって来た。ここまでの道中にはそれと思われる木はなかった。やっぱり見間違いだったのかな?
そんなことを思いながらちょっと不安になっていると、目の前に一本の木が見えてきた。それなりに大きな木なんだけど、なんだかボクには苗木のように見える。そんなことってあるの? 巨大な苗木って、何よ。
「はて、こんなところにこのような木がありましたかね?」
首をかしげているヨハンさん。どうやら町長さんでも知らない木だったようである。もしかしてヨハンさんは町の中の木がある場所を全部知っているのかな? そんなバカな。
この木が昨日の夜に光っていた木なのかな? なんだかドキドキしてきた。
『よくぞここまで来て下さいました。私の愛し子よ』
「え、だ、だれ!?」
「リディル様?」
「リディル王子殿下?」
急に聞こえた声に辺りを見回していると、不思議そうな顔をしたフェロールとヨハンさんがボクを見ていた。あれ? もしかして二人には聞こえてないのかな。
「フェロール、今、声が聞こえたよね?」
「……どなたのですかな? わたくしとヨハンさんの声ではなさそうですが」
「だれのなんだろう?」
だれの声かは分からないけど、なんだか懐かしいような声が聞こえたと思う。しかしどうやら二人には聞こえていなかったようだ。なんだか急に寒気がしてきたぞ。もしかして、おば――。
『お化けではありません。あなたの目の前にある世界樹です』
「せ、世界樹!」
「リディル様、大丈夫でございますか!? 先ほどから何やら不穏な様子ですが」
「この木、世界樹なんだって! どうやらフェロールたちには世界樹の声が聞こえていないみたいだね」
「な、なんですとー!?」
あ、ものすごく暖かなまなざしを二人がボクへ向けている。本当なのに。それとも、メルヘンチックな王子様だと思われてる? そっちの方が心外なんだけど。
どうやらボクが話したことに納得できないようで、しきりに二人が木を見上げている。
『この場で私の声が聞こえるのは、私の愛し子であるあなただけです』
「ボクだけにしか聞こえないんだ。不思議だね。あ、ボクの名前はリディルだよ」
『不思議でもなんでもありませんよ。あなたは”世界樹の守り人”として認定されたのですから』
「世界樹の守り人!? って何それ?」
大げさに驚いてはみたものの、その役職が一体なんなのか分からない。役職だけを与えられた、中間管理職でなかったらいいんだけど。
今、ありのままに起こったことを話すと、光る木を探し出したら、その組織にいやおうなく組み込まれた。なんだかいつの間にか社畜になっているような、そんな恐ろしい組織の片鱗を見たような気がする。
『社畜だなんてとんでもない。だれもが笑顔で働くことができる、れっきとしたホワイト企業ですよ』
「ますます怪しい」
「リディル様、もしかして、本当にこの木の声が聞こえておられるのですかな?」
「うん。そうみたい」
あ、フェロールとヨハンさんの口がポッカリとあいている。なんだか理解が追いついていない様子だな。奇遇だね。ボクも理解が追いついていないんだ。ホワイト企業だと言うのなら、しっかりと説明してもらわないといけないね。
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