世界樹の守り人
えながゆうき
第1話 はじまり
揺れる馬車の窓に一人の少年の顔が映っている。ほほが少し痩せていて、青みがかった銀色の髪は元気がない。濃紺色の瞳はいつも以上にどんよりと濁っていた。
それが窓に映る、今のボクの姿だ。
「リディル王子、お加減はどうですかな?」
目の前に座る、白髪交じりの灰色の髪を後ろになでつけた紳士が、こげ茶色の瞳を思案気にこちらへ向けた。
「特に問題はないよ。フェロールはどう?」
「わたくしは慣れておりますから。この程度、なんともございませんよ」
フェロールが笑顔でそう言った。ボクなんかよりも、ご老体にムチを打ってまで辺境の領地へついてくる方が大変だと思うんだけどな。それでもフェロールは愚痴一つこぼすことはなかった。
第六王子のボクについてきても、なんのうまみもないはずなのに。完全に厄介者払いだよね? ボクと同じように。
ボクのお母様にずいぶんとお世話になったらしく、その恩返しだとフェロールは言っていた。
そう言われても、ボクにはお母様とフェロールとの間にあった出来事を知ることはできない。
フェロールに尋ねても、ごまかすばかりで何も話してはくれなかった。そしてお母様に聞こうにも、一週間前に亡くなってしまったので、もう聞くことはできない。
お母様はたぶん、殺されたのだと思う。お母様が亡くなったそのすぐあとに、お母様を目の敵にしていた第二王妃が修道院へと送られたのだ。きっと何か関係があるはず。
でもそれはあくまでもボクの憶測でしかないし、父親である国王陛下は何も言わなかった。
ただ、ボクにこれから行く辺境の地を任せたと言っただけである。
ボクは王族の中でただ一人魔法を使うことができなかった。だからいつかは厄介者払いされると思っていた。だが、まさかこんなに早くそのときが来るとは思わなかった。何も準備できてないよ。だってまだ七歳だもん。
「はぁ」
「リディル王子……」
「特に問題はないけど、この揺れが続いたら、お尻が二つに割れてしまうかもしれないね」
「ブフォ! リディル王子、お尻は二つに割れているものですぞ。わたくしのお尻もパックリと二つに割れております」
「ああ、そう言えばそうだったね」
顔を見合わせてひとしきり笑った。お互いに大事な者を失ったのだ。こうでもしないと、とてもではないが耐えられない。
馬車に揺られること四日目。ついに目的地の辺境の町へと到着した。その頃には、どうにか涙もかれ果てて、現実を受け止められるようになっていた。
町の名前は”ノースウエスト”と言う名前らしい。王都の北西に位置しているからね。そのまんまなネーミングである。
うん。まあ、予想はしていたけど、町というよりかはちょっと大きめな村だね。二階建ての建物もなければ、どうやらお店もなさそうだ。
突然現れた立派な馬車に驚いているのだろう。窓から見た景色には、目をまん丸にした、町の人たちの姿があった。みんな泥だらけだね。
そんな町の中でも、ひときわ大きな屋敷の前に馬車は止まった。大きいと言っても、もちろん王城にはかなわない。それでも王城の倉庫一つ分くらいの大きさはありそうだ。
屋敷の中から白髪の人物が出てきて、そのこげ茶色の目がボクを見た。
「ようこそおいで下さいました、リディル王子殿下。私が町長のヨハンです。何かあれば、なんでも私に言って下さい」
「これからお世話になります。隣にいるのはお目付役のフェロールだよ」
「執事のフェロールです。主人共々よろしくお願いいたします」
あ、フェロールがちょっと怒ってる。お目付役って言ったのが気に入らなかったみたいだ。でも、ボクを監視して、国王陛下に報告するのがフェロールの仕事なんだよね? そのくらい、さすがの七歳児でも分かる。
……いや、さすがに王族としての英才教育を受けたことがあるとは言え、七歳児では分からないかもしれない。ボクがそのことを察することができるのは、おぼろげながら前世の知識があるからだ。
それに気がついたのはいつのころだったか。ボクとお母様の会話がかみ合わなかったことが何度かあった。そのときに気がついた。ボクが常識だと思っていることが、この世界では非常識だということに。
もしかするとお母様は、ボクが変わった子供であることを国王陛下に話したのかもしれない。
だから”お母様”という強力な護符がなくなった途端に、将来、問題児になりそうな第六王子のリディルを辺境の地へと追放したのだ。
うん、この考えの方がしっくり来るな。そしてフェロールは貧乏クジを引いたと言うわけだ。
でもフェロールの今の顔は生き生きとしているんだよね。お母様が亡くなったという知らせを聞いたときは、後追いしそうなほどやつれていたのに。
ひょっとして、お母様の忘れ形見であるボクを”立派に育てあげるんだ”と思って、変なスイッチが入ってる?
「リディル王子、いえ、リディル様。わたくしはリディル様専属の執事、フェロールです。お間違えのないように。じいやと呼んでもらっても構いませんぞ?」
「フェロール……分かったよ。頼りにしてる。じいや呼びのことは考えとく」
どうしてわざわざ言い直したのか。もしかして今のが正式に主従関係を結ぶための儀式だったりする? さすがにその辺りの知識はないぞ。こんなことならお母様から習っておけばよかった。
そしてじいや呼びを辞退したことに、不満そうに口をとがらせていた。なんでよ。
「コホン、それではお部屋に案内いたしますね」
ボクたちの話が終わったのを見計らって、自然な感じでヨハンさんが話を進めてくれた。これからボクの歓迎会の準備とかで忙しいんだろうな。落ち着くまでは静かにしておこう。
もっとも、ボクがノースウエストにいても、できることなんて何もないからね。食っちゃ寝することくらいだろう。太りそうだな。ダイエットも視野に入れておいた方がいいかもしれない。
夕食の時間の前にお風呂に入ることになった。とってもうれしい。四日ぶりのお風呂だ。王城にあったお風呂に比べるとずいぶんと小さいが、それでも十分すぎるほどに満足だ。大理石の大きなお風呂よりも、こっちの方がボクには合ってる。
まあ一人じゃなくて、フェロールと一緒だったんだけどね。もう七歳なのだから一人でできるもん、と言ったのが、聞いてもらえなかった。溺れたらどうするのかの一点張りだ。どうやらフェロールはなかなか過保護なようである。
その日の夕食は予想通り、テーブルの上にはたくさんの食べ物が用意されていた。間違いなく、ヨハンさんが手配してくれたのだろう。ありがたく、フェロールと一緒に食べさせてもらう。
でもさっきから、ボクが手を出す前に、フェロールが一口食べているんだよね。まるで毒味でもするかのように。
フェロールはちょっと神経質になりすぎているんじゃないかな? ボクの命を狙う人なんて、もういないと思うんだけど。それは王城でも同じだったと思う。魔法の使えない出来損ないの王子なんて、だれも見向きもしなかったはずだ。
夕食を終えて、部屋へと戻る。フェロールの部屋はボクの隣のようである。
分かってはいたことだけど、王城に比べると、食事の質はよくなかったな。味付けもシンプル、と言うか、ほとんどしなかった。よく言えば自然のおいしさをそのままギュッと閉じ込めた感じである。
まだ子供のボクにはさすがにその味はきつかった。調味料が欲しいな。味噌とかさ。そんなどうにもならないことを考えつつ、その日は眠りにつこうとした。だが、眠れなかった。
慣れない土地だもんね。しょうがないよね。それになんだか胸騒ぎがする。このままでは寝つけないと思ったので、窓から外を見る。王都とは違って真っ暗なんだろうな。
そう思っていたのだが、窓から見える先に、ボンヤリと明かりが見えた。
なにあれ。遠くて分かりにくいんだけど、もしかして木が光ってる? そんなことってあるの? まさかこの世界に光る木が存在するとは思わなかった。これは明日にでも確認しに行かないといけないな。
そうしてワクワクしていると、急に眠たくなってきた。よし、絶対にあの木を見に行くぞ。
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