この物語は深読みするだけ無駄無駄おでんおでんソーセージ

猫とホウキ

第1話

 都内にあるマンションの一室。指紋採取やら現場撮影やらと鑑識がせわしなく動き回る中、二人の刑事はキッチンからその現場──殺人事件の起きた居間リビングを眺めていた。


たまき。死因は?」


「鈍器のようなもので頭部を殴られたことによる頭蓋損傷、おそらく脳挫傷……だそうです。詳しくは検死の結果次第ですが」


「ふむ、凶器は?」


「見当たらないようです。犯人が持ち帰ったのでしょう」


「ふむ」


 刑事の一人──沢北は、もう一人の刑事──環の言葉を聞いて小さく頷く。


 被害者は都内勤務の中年サラリーマン。彼は救急車で病院に搬送されたものの、間もなく死亡が確認された。第一発見者は妻。彼女が買い物から帰ると、夫は変わり果てた姿で絨毯の上に倒れていた。救急車を呼び、警察に通報したのも彼女である。


「さあて、環。動機はなんだろうか」


「部屋に荒らされた様子はありません。物取りの犯行ではなさそうです。抵抗した様子もありませんし、被害者ガイシャに招かれて部屋に入った誰かが、隙をみて突然殴りかかった、という感じでしょうか」


「ふむ。妻が犯人の可能性は? 本当に買い物に出かけていたか?」


「アリバイは裏を取らないと……ですが、買い物で近所のスーパーに出入りしていたようです。防犯カメラの映像があるでしょうし、外出していた事実は裏付け取れるでしょう。まあ、出かける前に殺して、外で証拠隠滅した可能性もありますし、そのあたりはまだなんとも」


「ふむ。妻以外だとすると、誰か。動機はなにか。怨恨か、保険金なども調べないとな。子供はいるのか?」


「子供はいないようですが、妻の妹夫婦との付き合いは深かったようです。甥っ子もよく家に遊びにきていたとか。あ、これはその妻の妹さんという方から聞いた話ですが」


「ふむ、そいつはここにいるのか?」


「いません。ここに来る前に病院に立ち寄りまして、そこで、いろいろと」


「ふむ、なるほど。さて環、他に思ったことは? 現場に来て、なにか気付いたことは?」


「現場というか、まあ、なんとなく思ったことですが、妻がいつ戻ってくるか分からない状況で短時間で犯行を終えているわけで、だから妻以外の犯行だとすれば、このあたりの様子をよく分かっている近所の人間だとか、ちょっと怪しいと思いますね」


「ふむ。いやそれではなくて。これだ、これを見てどう思う?」


「はあ、それですか。鍋におでんが入ってますね」


「それだけか?」


「おでんにドジョウが入ってますね」


「ふむ、そうだ。どう思う?」


「食いたかったんでしょう。ドジョウ」


「おでんには入れないだろう。しかも一匹丸々だぞ」


「まあ普通は入れませんけど、実際には入っているわけですし。食べたかったんですよ、気にすることではありません」


「ふむ、甘いな。こういう『普通じゃないところ』に事件の鍵は潜んでいるんだ」


「おお、さすがは『未解決事件のない男』沢北さん。目の付け所が違いますね」


「ふむ。そうだな、たとえば凶器。冷凍したドジョウで撲殺して、おでんに放り込んで証拠隠滅を図ろうとしたというのはどうだ」


「えっと……その場合、ドジョウだなんて、おでんの具材として違和感のあるものをわざわざ使う必要はないのではと思いますが」


「アホか。ダイコンやハンペンなんて可愛らしいもので人を殺せるか」


「ドジョウも大差ないと思いますが、そうですね。鑑識さんに頼んで、血液が付着してないか調べてもらいましょう。それで良いですか?」


「ふむ、あとはそうだな。このドジョウが被害者ガイシャのダイイングメッセージである可能性は?」


「このおでんが調理中だったとして、まあ冷蔵庫からドジョウを取り出して鍋に放り込むくらいのことはできたかもしれませんね。犯人がここにいなければ、ですが」


「もちろん犯人が去ったあとだ」


「それなら死にそうな状態で頑張ってドジョウを探し出して鍋に放り込むなんて奇行をせずに、警察に電話するなり、紙に犯人の名前を書くなり、メール送るなり、他にできることがあったと思いますが。というか被害者ガイシャは動ける状態じゃなかったと思いますよ」


「ふむ。ならばこのドジョウが密室殺人のトリックに使われたかどうかだな」


「ここは密室じゃありませんし、トリックもありません。知性の欠片もない力技パワープレイによる犯行です」


「ふむ。では犯人が捜査の撹乱かくらんのためドジョウを鍋に放り込んだというのはどうだ」


「それで混乱するのは沢北さんぐらいのものだと思いますが」


「ふむ。おおそうだ、このドジョウが犯人である可能性もあるな」


「その場合、犯人自ら鍋に飛び込んだという謎が残りますね……」


「ふむ。あるいは真犯人をかばったか」


「ドジョウの分際で?」


「ふむ。とにかくこのおでんはよく調べる必要があるな」


「近所の人への聞き込みはどうしますか?」


「ふむ。任せる」


「親族から話を聞いたり、保険金、怨恨、凶器の行方などの確認は」


「ふむ。任せる」


「沢北さんはなにをしますか?」


「俺はドジョウの謎を追う。そこに事件の鍵があるはずだ」



***



 沢北刑事は、今日も捜査のため、おでんの屋台を訪れていた。


 あのマンションの殺人事件からはすでに一年が経過している。犯人はまだ捕まっていない。沢北は事件の鍵を握る『ドジョウのおでん』を求め、日々、こうしておでん屋巡りをしているのだった。


 謎解きには流儀がある。それはまずビールを注文することだ。そして欲張らず、三品を注文する。


 三品のうち、二品は大根と卵で決まっている。あと一品は、話を聞いて決める。


「オヤジ。なんか変わったタネはねえか?」


「変わったタネですか。まあ、あるにはありますが」


「まさかドジョウなんてねえよな?」


「ははは……それがですね、あるんですよ?」


「なに──?」


 沢北の眼光が鋭くなる。そのとき彼の携帯電話が鳴った。沢北はすかさずその電話を取る。


「ふむ。なんだ、環か。今、忙しいんだ」


「沢北さーん。例のマンション撲殺事件がすっかり手詰まりなのですよ。沢北さんはどこでなにをされていますか? ずっとどこぞやで聞き込みをしていることになっているみたいですが」


「ふむ、手詰まりか」


「ドジョウやらおでんやらばっかり調べるからこうなるんですよ。どうせなにも見つからなかったでしょう」


 沢北はにやりと笑う。その通り、なにも見つからなかった。昨日までは。


「ふむ、その様子じゃ迷宮入りしかねないな。よし、自殺で処理しておけ」


「え、一年も経ってますし、背後からの撲殺ですし、今から自殺にするには無理が」


「大丈夫だ。俺は『未解決事件のない男』だぞ」


「あーそうですね、全身縛られて滅多刺しの死体も自殺で処理していましたしね。分かりました、今回も自殺で処理します」


 電話が切れる。それを待ってオヤジが訊いてきた。


「で、なにを注文されますか?」


「ふむ。ちなみにそのドジョウとやらは、どうしておでんに入れるようになったんだ?」


「ああ、それはですね。北九州だか博多だかの知り合いの知り合いが、ドジョウを間違っておでんに入れてしまって、それが存外美味しかったらしく、アタシも試してみようと思ったわけですよ」


「ふむ、なるほど」


「で、どうしますか?」


「ふむ──」


 長年、刑事としてつちかってきた勘──否、嗅覚が、沢北を最適解へと導く。脳内でQED証明終了の文字がきらりと光る。なんのためにいくつものおでん屋を巡ってきたのか、その答えはもう出ていた。


 沢北は告げる。


「ソーセージを頼もう」





《終わり》

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