ネトリトラレ

きょうじゅ

本文

「元カレにレイプされた」とLINEが来て、俺は電車の中で膝から崩れ落ちそうになった。夜。通勤電車。会社からの帰り道。


 その女と知り合ったのはXだった。いちおう説明するが伏せてるんじゃない、Xと呼ばれているインターネットサービス、つまり例のSNSだ。どこかの馬鹿が馬鹿な名前を付けたせいでくだらない説明が煩雑でいけないが、最初は文芸の趣味が同じだという、ただその程度の理由で繋がり、ただその程度の理由で親しくなったのだった。


 小さな編プロで端仕事を任されるだけのうだつのあがらない編集者なんてのはいくら業界人気取りでカッコつけてみたって実際みじめなもので、同世代の女と知り合う機会なんていくらもありはしないから、俺はその女からのサシオフの誘いにちょろっと食いついた。アルタ前で待ち合わせ。どこで何をしたかは端折るとしよう、そのまま歌舞伎町のラブホテルでベッドイン。簡単なものだ。単純なものだ。問題はそこからだった。二度目に会ったとき、女の顔に青痣があった。


「彼氏に殴られたの」


 俺はそんなことをした覚えはないので、その彼氏は俺ではないということになり、つまりこの女は他に男がいた状態で俺と寝たらしい。


「なんで?」


 間抜けなことを聞いているという自覚はないでもなかったが、そう聞かざるを得ないだろう。


「浮気がバレたから」


 浮気というのはつまり俺のことなわけである。さすがに分かる。


「殴る男とは別れた方がいい」


 俺は口説き文句であり、そして一般論でもある正論を口にした。女は満更でもなさげに耳を傾け、また文学論に花が咲き、そしてその夜も歌舞伎町のラブホテルだった。


「彼とは別れた」


 と、数日後にLINEが来た。


「今度は殴られなかった?」


 と俺は聞いてみた。


「大丈夫。幸せになれって言われて、送り出してもらったから」


 それから三ヶ月くらい、普通に交際が続いた。なんだが、ある日、ふとしたことからその元カレとやらについて聞く機会があった。


「そういやさ。最初に俺のことを知ったのっていつ?」

「Xにお前の好きそうなアカウントがあるって教えてもらったの」

「誰に」

「元カレ」

「……」


 俺は女からその男のアカウントを聞き出し、ブロックした。そして、例のLINEが届いたのはその日の晩だった。


「彼から伝言があるの。『これは仕返しだ』だって」


 どうも想像の斜め下くらいの屑だったらしく、俺は自分の行為を多少は悔いたがいずれにせよあとのまつりである。


「警察に通報しよう」


 と俺が伝えると、女は言った。


「ううん。気付いたの。あたし、それでも彼のことが好きだったって」


 は?


「だから、別れましょう。彼とよりを戻すことになったから」


 え?


「合意の上だったのか?」

「ううん。出て行ってって言ったんだけど、強引に部屋に押し入ってきて」

「その展開なのに、そう幕引きするつもりなのか?」

「だって、あなたは殴ってくれなかったから」


 そう。


 何度も、行為中に殴れとか首を絞めろとか色んなことを要求されたのだ。全部断ったが。


「分かった。別れよう。最後に一つだけ言うことがある」

「なに?」

「地獄に落ちろ」

「わかった」


 その女との話はこれで終わりである。以後、二度と連絡が来たことはない。

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ネトリトラレ きょうじゅ @Fake_Proffesor

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