秋の色
寛ぎ鯛
第1話
「皆さんで思い思いの秋を見つけて、それを絵に描いてみましょう。」
今日は、校外写生大会。歴代の上級生たちから受け継がれてきたであろう古ぼけた画板と画用紙を支給され、持参した絵具セットを手に公園のあちらこちらへと、生徒たちは思い思いに散って行く。「一緒に描こうよ。」「あっちに行ってみよう。」幼い生徒たちは非日常の校外学習の機会に大いに盛り上がっているようだ。
大沢渉(おおさわ わたる)はなかなか画用紙を受け取りに来なかった。生徒たちがはしゃぐ列から少し離れた所にひっそりと佇み、その様子をうかがっている。
「大沢くん、どうしたの?まだ画用紙をもらってないでしょ。取りにいらっしゃい。」
私は大沢に声を掛けた。元来大人しい子ではあるのだが、今日は特に大人しかった。何か気分が落ち込んでいるのだろうか。
「大沢くん、どうしたの?何かあった?」
私はどこか浮かない表情をしている大沢に問いかけた。何かを口にしようかと一瞬戸惑うような素振りがあったものの
「いや、なんにもない。ちょっと考え事。」
と何事もないかのように画用紙を受け取ってその場を去って行った。
11月も中旬へと差し掛かろうとしている。公園内にはイチョウやモミジといった秋の紅葉に代表される木々が多く秋に溢れている。また、流れる小川の沿いにはススキも風に揺れている。まさに秋を象徴するかのような植物がそこかしこに生育していた。
やはりメインは目に鮮やかな黄色のイチョウ並木だろうか。多くの生徒たちがイチョウ並木の沿道に陣取って思い思いに筆を走らせている。少し緑も残っているようで、それがより一層グラデーションを生み出し美しい。コスモス畑が広がっている区画もあり、そこも人気のようだ。少し季節の植物に詳しい子はリンドウの花を見つけている子もいる。
芸術の秋とも言われるのもなるほど、そこかしこにその対象となる物がある。それは植物に限らない。少し肌寒いくらいの気温もまだ幼い生徒たちにとっては適温だろう。中には写生をそこそこに駆け回り出す子たちも現れ出した。
少し時間が経った頃、ある一帯の異変に気付く。どうやら生徒幾人かが一人を取り囲んで非難を浴びせているようだった。いったい何があったのか、と思いながらその群衆に近づくと、渦中にいたのは大沢であった。
「いったいどうしたんですか?」
冷静に落ち着いた様子で声を掛ける。すると、女性生徒たちが口々に言う。
「大沢くんったら、モミジを描いてるのに変な色で塗ってるの。」
「こんなに赤くなってるのにどうして緑なんかで塗ってるの?」
「ちゃんと見て塗らないとだめなんだよねー。」
「ねー。」
かえって教員の私の登場は彼女たちの非難に正当性を与えたように誤認され、女子生徒たちは鬼の首を取ったようにより得意気になった。
見れば、大沢の絵は確かに現実の色とは異なる配色で着彩されており、一見すると不真面目に絵を描いているようにも映ったかもしれない。しかし、大沢の赤面し、唇をぐっと噛み締める様子や普段の態度から、こうした場面で不真面目に取り組むような子ではないと確信していた。
「色覚異常」。
今でこそ市民権を得た先天性の色覚だ。時に奇抜な配色の絵を見ても、今日は「個性」の時代。取り立てて非難されるべくもなく、むしろ評価こそされたかもしれない。しかし、その時にはまだそこまでの浸透はなく、周りの子たちもまだ幼すぎた。
あの日、私は彼を取り囲む女子生徒たちを退散させ、彼の横に腰を下ろししばらくの間を共に過ごした。生まれた時から「赤色」や「緑色」というものが識別できないこと、信号は点灯の明暗や場所で区別していること、モミジの葉は彼にとってはかっこいい形だった故にそれを題材としたかったこと、やはり配色を間違えていたことに落胆したこと、本当の色がどんなものかを知りたいこと。彼は一言、一言、ゆっくり紡ぎながら伝えてくれた。私は彼の見ているありのままのモミジを完成させてくれるよう彼に伝えた。
あれから幾年月が流れた。年々、春と秋が短くなっていくように感じる。それでも、イチョウやモミジは色づいていく。秋の色、私の見ている秋の色。それを感じるたびに、私は彼の絵を思い出す。秋の色、そう、それぞれの秋の色。
秋の色 寛ぎ鯛 @kutsurogi_bream
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます