商店街も変化しているらしい
入れ替わりの戦奏とかいう気軽に受けてはいけないものを気軽に受けて朝から疲れ切っていた俺は、今日という日に映画の撮影が行われなかったことを心から感謝した。
昨日の騒動で櫛宮さんに疲労が溜まっているに違いないと考えた関係者各者が、本日の撮影を急遽取りやめてくれたらしい。
いいぞ、ナイス判断だ。昨日は周りが騒々しすぎる中でもあんなにグッスリと眠ってたわけだし、櫛宮さんが疲れてるのは確実だ。今日だけとは言わずに数日休んでてくれても一向に構わない。むしろ休んで欲しいぐらい。
それに、学校の奴らがおいおいと心配で泣き喚いたりしているのは嫌ではあるが、撮影で狂喜乱舞されるよりはマシな気もするし。まあその辺は……どっちもどっちだな、本当。
「俺なんかが櫛宮さんが大変な時にコロッケなんて食いに行っていいのかな……」
「何かあった時に腹ペコで動けませんよりは断然マシだろ」
「…………そうだな……据え膳食わぬは何とやらって言うもんな……っ」
「腹が減っては戦が出来ぬ、な。それだと全然意味が違ってきちゃうから、それも超悪い方向に」
俺の隣でトボトボと俯きがちに歩いている京は完全に落ち込んでいる。今日の撮影の取りやめを聞いてからはずっとこの調子だ。
やっぱ撮影で狂喜乱舞された方がマシかもしれん。かなり調子が狂う。
「コロッケ食って飯食って風呂入って早く寝て、明日の撮影に備えりゃいいさ。櫛宮さんは大丈夫だ。絶対にな」
てか大丈夫じゃないと困る。世界が終わる。誇張表現とかじゃなくて文字通り終わる。多分滅びる。ただちに滅びる。巨大な彗星が衝突してきそう。地球が火の惑星に変わりそう。
「……何だろ?お前にそう言われると、何か大丈夫な気がしてきたぜ」
「ああきっとそれは恋だな」
「お前ブッ殺すぞ!」
「冗談だって。んな怒るなよ」
よし、京に元気が出たようでまずは何よりだ。京はやっぱりブッ殺すぞ!が代名詞みたいなとこあるからな。あっちゃいけないんだけどね普通は。お父さんそんな汚い言葉遣い許しませんよ。見た目通りに淑女らしくなさい。
「ありゃ…………マトモになってら」
さて、見ての通り俺は京を伴って商店街に今辿り着いたわけなんだが……よく考えたらこれってデートですか?健一がいないから二人きりだし、これってデートなんですか?放課後の制服デートってやつなんですか?買い食いデートでコロッケあーんとかやりあっちゃうんですか?そういうの期待していいんですか?
…………あ、じゃなくて、商店街が何と普通になっていた。櫛宮さん仕様になっていない。櫛宮ロードから凡田の平凡なオンボロ商店街に戻っている。俺はそれを言いたかった。
「おおっ、浩ちゃん。すぱー……何だいデートか?」
「源さん……やっぱそう思う?ああ、当たっているし近いよ」
「当たってねぇよバーカ!そこは当たらずとも遠からずだろうが!ってそれもおかしいだろブッ殺すぞ!」
おお、烈火のごとく怒ってる。うん、やっぱり京はこうじゃないとな。
「ああ京ちゃんだったかい。すまんね、最近老眼で……」
「源さん、それなら仕方ないよ」
「一つも仕方なくねぇよ!ならとっととそのサングラス外せジジィ!ブッ殺すぞ!」
老人にブッ殺すぞはシャレにならないからやめとこうな。特にこの源さんみたいなサングラスにタキシード姿で葉巻を咥え…………おい待て!?何その格好?!源さんはねじれ鉢巻に青い
「二人ともおっちゃんの作品をちょいと見てってくれよ」
「別にいいけど……で、その作品ってのはどこにあるの?」
ツッコむのも面倒なので、直接は聞かずにスルーすることにした。
作品と言われても、前回とは違って源さんの手にあみぐるみは無い。それらしきものは付近には見当たらない。どこだ?
「店の奥にあるんだ。ついてきておくれ」
「わざわざ店の奥まで歩かせるのかよ。しょうもないやつだったら俺許さないぜ」
「そんなに圧をかけてやるなよ」
源さんの後を追って歩いていけば、そのまま手芸屋に入る。店内を通り抜けて奥の部屋へ。中はとても暗かった。部屋の中央には何かが鎮座している。
「浩ちゃん京ちゃん、これどう思うよ?おっちゃんが一日かけて作り上げた作品なんだけどよ」
部屋の明かりがつくと、その何かの正体がそこで分かった。
とても精巧に作られてる櫛宮さんの石像だ。何というか、マジでリアルだった。とある液体をかけたらビシビシってなった後にバリバリって中から人が出てきそうなぐらいに。
「……なるほどだぜ」
「それでどう思うよ?凄いかい?」
「ああ、凄いと思う」
俺にはそれしか言えない。手芸屋の範疇を超えている。
語彙力が乏しい俺では凄いしか出てこない。
「浩ちゃんや……凄いわけあるかあぁああ!!!」
情緒どうなってんだ。なんで肯定したのに思いっきり否定されてんだよ。じゃあ俺に聞くなよ。
第一何が悪いんだ?この石像はどっからどう見てもクオリティが凄いと思うんだが。
「おいジジィ。ここもう一ミリ長いだろ」
「京ちゃんはよう分かってるわい!全然魅力を再現できとらん!」
あ、そうなんだ?こえーよ、なんでそこ気付けるんだよ。つーかそんな僅かな誤差なら放置しとけば明日には勝手に修正されてるよ。髪だもん、伸びるもん。
「これも失敗作!また作り直しじゃい!!」
源さんがおまむろにハンマーを手に取ると、櫛宮さんの石像をブッ壊した。腕とか足とかがバラバラな破片となって飛び散る。凄惨な光景だ。敬意がいきすぎて不敬になることってあるんですね。とりあえず櫛宮さんに謝れ。
にしてもさっきまで気づかなかったが、良く見たら床のあちこちに石像の破片がたくさん落ちていた。人類の選別でもしてるのかと勘違いしそうになる光景だ。
「二人とも、おっちゃんの作品……次もまた見てくれるかい?」
「ジジイ、楽しみにしてるぜ」
とりあえずその問いには俺は返事をしないでおいた。京と違って何も分からないし、ぶっちゃけ分かりたくもない。それと櫛宮さんに謎の罪悪感が芽生える。櫛宮さんもまさか自分の石像を勝手に作られて、勝手に破壊されてるとは夢にも思ってないだろうぜ。
「まあ、頑張ってよ。ほら京行こうぜ」
一応心はこもっていないが応援の言葉的なものを源さんにかけてから、足早に店から出る。
そして気持ちを新たに、俺は目的地である前島精肉店を目指す。さっさと京にコロッケを奢ってすぐに帰ろう。そしてゆっくり休もう。昨日と一昨日は全く休めてないからな。
「あら浩ちゃん、それに京ちゃんも」
聞き慣れた声が聞こえたのでそちらの方を見てみれば、中世ヨーロッパの貴婦人みたいなドレスを着ている知らない人がいた。俺はてっきり咲子おばさんかと思ったが、どうやら違ったみたいだ。…………はぁ、何なんだよこのゲテモノロード。櫛宮ロードの方が断然マシだった。いい年こいて、コスプレキャンペーンでもしてんのか。
「ほら見て、おばさんのフルーツアート凄いでしょ?」
咲子おばさんの手にあるのはアートというか、もはやフィギュアだった。メロンか何かで作られた立体的なミニ櫛宮さん。成分がフルーツでさえなければ、玩具屋に置かれていても何らおかしくないクオリティだった。
「ああ、すご……」
反射的に答える前に、俺は口を閉ざす。既視感があった。デジャブを感じた。本当に今さっきの。
俺は学習が出来る男だ。一度した失敗は二度としない。これは肯定したら駄目に違いない。さっきの二の舞だ。
「いや、凄くないですね」
「そんなハッキリ言わないでもいいじゃない!!浩ちゃん酷いわ!!もうっ!!」
咲子おばさんが地面にミニ櫛宮さんを叩き付ける。バチャッ!とぐちゃぐちゃに、木っ端微塵に弾け飛んでいった。おい、櫛宮さんに謝れ。
「デリカシーってのが無いのかお前」
京がコソコソとそう言ってくるが、それは俺の台詞だ。デリカシー無いのかコイツら。俺は二度も櫛宮さんがバラバラになる光景見せられたんだぞ。
「……二人とも、おばさんの作品……また見てくれるかしら?」
「おうよ、楽しみにしてるぜ!」
またデジャブを感じた。ほぼ同じ流れでほぼ同じ会話してる。勿論、今回も俺は返事をしないでおいた。
「まあ、頑張ってよ」
そして同じように形だけの応援メッセージ。ほぼ縁の無い先輩などに送る寄せ書きレベルの薄っぺらさ。
またまた気持ちを新たに、俺は前島精肉店を目指そうと
「おお浩二くん。それに京くんじゃないか」
早いって。ペースが。目指させてくれよ。話しかけないでくれよ。
うんざりとした気持ちになりながらも俺は声の主へと目を向けた。やはり青山さんだ。生きてたんだな。あれ?青山さんは普通だぞ?いつも通りの全裸に蝶ネクタイの
「違うよ?!僕ちゃんと服着てるからね!?」
ちっ、なぜ分かった。エスパーか?この物語は俺の一人称なんだから、俺が裸と言えば裸になるはずなのに……あれ、閃いた。てことは女の子が出てきた時に俺がメイド服を着ているとか言えば、その通りになるってことでは?
「全くもう……」
「で、何ですか?バルーンアートですか?へえ凄い凄い凄くない凄くない」
「僕はただ話しかけてみただけなのに、何でこんなにぞんざいな扱いを受けないといけないのかな……」
何だ、青山さんは別に用自体は無いらしい。逆に拍子抜けだ。
「じゃあ、まあ……本当に頑張ってください、人生」
「浩二くん僕にだけなんか重いよ!」
青山さんには心の底からエールを送っておいた。
「……なあなあ、そういや青山さんって何してる人なんだぜ?」
「アルバイツロース」
「何だそれ!良く分かんねぇけどカッコいいぜ!」
ドイツ語で無職という意味なのは内緒にしておこう。
「よし、着いた」
「食うぜ食うぜー!」
それから一分ぐらい歩いて、俺達は前島精肉店に辿り着いた。
ショーケースに並んでいる色んな種類のコロッケ達、その中でもやはり一際目を引くのはその圧倒的なサイズを誇る大名コロッケだろう。デカい。これ八個も食うってマジ?
「おう、お前らか。買ってけ買ってけ」
顔の中央に大きな刀傷のある強面のおじさんがショーケースの向こう側に立っている。
いつ見ても店主の前島さんは堅気とは思えない見た目をしている。たまに着ているエプロンに真っ赤な血がついている時があるんだけど、その時ばかりは本当に凶悪な殺人犯にしか見えない。大きな出刃包丁も相まって、洋画に出てくるシリアルキラーにしか見えない。チェーンソーなら確実にそうだった。
「浩二さんや!頼むぜ!」
「はいはい」
財布を開きながら前に出る。全財産、占めて1300円なり。つまりは100円になるなり。トホホ……。
こうなるから今日は健一を巻き込もうかと思ったのに、あの野郎は女と用事があるから無理とか言いやがった。爆ぜろ。
「大名エイトで」
「おう、まいど。大名八個な」
……バイトするか。でもあのコンビニは何だかな。あ、でも今の俺のフィジカルなら肉体労働最強じゃん。カニ漁行っても余裕で生還出来そう。
「ほらよ。また来い」
「財布がリバウンドした時に来ますよ」
八個もの大名コロッケはずっしりと重い、気がする。商品を受け取った俺は振り返って歩く。
「どこで食うんだ?」
「すぐそこの公園でいいぜ!」
京が目をキラキラと宝石みたいに輝かせている。1200円を失う価値は……あったな。余裕でよ。
「京さんや、マジでこんな食えるの?」
「舐めんな余裕すぎるぜ!」
自信満々に胸を張っている京と今にも底が抜けそうなビニール袋を交互に眺めながら、商店街を抜けてすぐにある公園に俺達は向かう。
その公園に辿り着いたら木製のテーブルベンチに腰掛けて、俺は袋を京の前に置いた。
「いただきまーす!」
袋からコロッケを取り出し、おにぎりみたいに両手持ちでバクバクと食べ始める京の姿を眺め、あ、これはデートだ!と俺はここでやっと確信した。
あーんの準備は万端。いつそれが来てもいいように俺は身構える。が、そんなイベントは残念ながら存在しなかった。
京の手で瞬く間に大名が討ち滅ばされていく。織田信長も真っ青の勢いだ。男なのに可愛くて小柄なのに大食いとか、萌えの権化かよ。櫛宮さんの次に可愛いってのは伊達じゃないな。
「あ、どうかしたか?」
ついつい見過ぎてたのだろうか、口元にコロッケの欠片をくっ付けている京が俺の方を不思議そうに見ていた。
こういう時に出来る男はきっと「ほら、ここについてるよ。いい出汁……効いてるね」とかキザな台詞を言いながら、それを指で取って食べるに違いない。いや違うな。これただの変態だ。
「平和だなって……思ってよ」
「朝にあんなことやっといてか?」
「せっかく忘れてたのに思い出させないでくれ」
「ひひ、バーカ。昨日の仕返しだぜ」
「それは今払ってるだろ」
……これから先、色々と面倒なことがきっと山積みだ。でも、今日はもう店じまいにさせて貰う。束の間の安寧は堪能しとかないとな。
後は帰って櫛宮さんと電話して、今日のイベントは終了。にしても今更だが良く櫛宮さんは夜の電話を了承してくれたもんだ。あの後すぐでメンタルが少しおかしくなってたからって『声が聞きたいです、無性に』なんて倒置法で気持ち悪すぎるメッセージを送った俺は、ブロックされても何もおかしくなかった。むしろ正しい。
櫛宮さんの器の大きさに感謝だな。優しすぎる。万一櫛宮さんに危害を加える輩が出てきた時は、俺が絶対にブッ飛ばす。改めて俺は、心にそう固く誓った。
我が校に映画撮影に来ていた世界的人気を誇る若手女優と放課後にエンカウントした結果、何故か俺は唯一の友達に選ばれたらしい 新戸よいち @yo1ds
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