第19話 新たな旅立ち
旅立ちの朝が来た。
庄二郎は勝太郎の部屋にいた。
「兄上にお許し願いたき儀がございます」
「申してみよ」
庄二郎は槍を前に置いた。
「わたしは仇を討ったこの槍を馬廻り衆が眠る慈福寺に奉納したいと思っております。お許しいただけますか」
すると勝太郎は、
「家宝といってもそなたの槍だ。元々来たる日に備えて先祖が家宝としただけのこと。そのさだめに勝った今、槍も役目を終えたと言ってよかろう。そなたの好きにするがよい」
と言って潔く庄二郎に渡した。
勝太郎としては槍を引き継ぐべき自分が、弟に苦難の道を背負わせてしまったという自責の念があった。
その弟が自分より遥かに上の地位になって旅立とうとしている。
勝太郎はこの上ない喜びに浸っていた。
「ところで馬はどうした」
「風笛はやはり大野様にお返しすることにしました」
庄二郎は風笛もさだめに従って勝利したと思っていた。今は自分と別れることで役目が終わったことを知るべきだ。大野のもとで穏やかな余生を送らせたかったのである。
楓は千絵との別れを惜しんでいた。
「母上、色々とありがとうございました。お別れが辛ろうございます」
「何を言うのです、後ろを振り返ってはなりませぬ。前をお向きなされ」
すっかり実の母娘の会話だ。
「きっと里帰りいたします。ややこができたら連れて参りますね」
「楽しみに待っていますよ」
庄二郎と楓は忠勝の位牌に手を合わせると家を後にした。
門の外には見送る人々が既に集まっていた。
大野も風笛を連れて来ていた。
庄二郎は心の中で「達者でな」と風笛に別れを告げた。
あたたかな春の陽射しを背に受けて二人は新たな一歩を踏み出したのである。
「帰ったら高沢村で田植えの手伝いをいたしましょうね」
楓が言うと、
「そうしましょう、楓殿」
庄二郎は答えた。
「いつまでそうお呼びになられますか」
「さあ、いつまでと言われましても……
庄二郎が逃げるように走り出すと、
「まあ、庄二郎様ったら。わたしは天狗様ですよ」
あっという間に追いつかれた。
「さあ急ぎましょう、お父上がお待ちです」
二人が歩む街道の両側には菜の花が一面に咲き乱れていた。 ……了
槍と天狗様 池南 成 @sei-ikenami
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます