バスルーム・ドリーム

ちびまるフォイ

大浴場の陰謀

ここは小さなシャンプー工場。


「おぎゃあ! おぎゃあ!」


元気なシャンプーのポンプ音が響いた。


「おめでとうございます、元気なシャンプーですよ」


ダメージケアと、パサつき対策のシャンプーが結婚し

ふたつのシャンプーの愛の結晶として子シャンプーが誕生した。


「見て、この子。泡立ちがあなたそっくり」


「シャンプーのどろどろ感は君そっくりじゃないか」


シャンプー親子は子シャンプーにすっかり溺愛し、

大事に大事にあまあまで育てていた。


生まれた子シャンプーが小さなボトルサイズになった頃。


シャンプー学校の進路希望調査が学校から届いた。

親シャンプーは子シャンプーにたずねる。


「ねえ、進路はもう決まってるの?」


「それは……」


「あなたのボトルサイズ的にはトラベル用よね?

 それで進路出しちゃっていい?」


「待って、お母さん! 私……サンプルになりたい!」


「えっ!?」


子シャンプーのまさかの提案に親は言葉をなくした。


「商品サンプルのシャンプーってこと!?」


「うん……」


「サンプルになるのがどれだけ大変か知ってる!?

 ともすればブランドイメージにも直結するから

 本当に自信のあるシャンプーしかなれないのよ!?」


「私はダメージケアと、パサつき防止があるもん」


「それだけで勝てると思ってるの!?

 他にも枝毛防止とか保湿成分入っているシャンプーもいるのよ!?」


「やってみなくちゃわからないじゃない!」


「お母さんはあなたに失敗してほしくないのよ!!」


「私はお母さんとは違う! どうして応援してくれないの!!」


どうしても、トラベル用シャンプーではなく

商品サンプルとしての道を諦めきれない子シャンプーは浴室を離れて独り立ちした。


都会の薬局であまたのシャンプーの中にまぎれて、

商品サンプルとして手にとってもらえるのを願う日々。


親のいう通りでサンプルとしての道はそう簡単ではなかった。


「私の何がダメなのよ……」


サンプルとしても売れ残り続け、たくさんの薬局をたらい回しにされる日々。


最初に薬局へ来たときには夢いっぱいのピカピカラベルだったのに

今ではさんざん手に取られては棚に戻されて印刷もすり切れてしまっていた。


「こんなに汚れてしまった私なんて、もうなんの価値もない……」


何もかも諦めきったその時だった。

向かいの棚から声が聞こえた。



「そんなことないゼ」



「あ、あなたは!?」



「俺はリンス。君のことをずっと見ていた」


「私を……?」


「ああ。君はダメージケアができる。

 でも君のダメージケアは誰がしてくれるんだい?」


「それは……」


「それこそリンスに役割さ。

 枝毛いっぱいの心も俺のリンスがトゥルントゥルンにするゼ」


「好き……! ///」


かくしてシャンプーとリンスは恋に落ちた。

商品サンプルという夢は叶えられなくとも、幸せは手に入るとわかった。


やがてシャンプーとリンスが結ばれると、

まもなく元気な子供が生まれた。


「おぎゃあ! おぎゃあ!」


「なんて可愛い子……」


「君ににて素敵だ。名前はどうする?」


「ふたつ考えているの」

「ふたつ?」


「シャンプーインリンスか、リンスインシャンプー。

 どちらがいいかしら?」


「リンスインシャンプーかな。語呂がよさそうだ」


愛の結晶の名前はリンスインシャンプー。

ふたりは自分たちの愛情を惜しまなく注いだが、リンスインシャンプーはグレてしまった。


「リンスインシャンプー! 学校から連絡があったわよ!」


「んだようっせぇな!」


「あなた、今日も問題起こしたんでしょ!? 何が不満なの!?」


「不満!? 何もかもだよ!」


「だからって学校のシャンプーを3プッシュすることないでしょう!」


「あいつが俺のこと"どっちつかず"だって馬鹿にしやがったんだ!」


「そんな……」


「どうせ俺は安めの旅館とか、ビジネスホテルの大浴場にしか置かれねぇよ!

 で、使ったら髪がバッキバキになるんだ! わかってる!!」


「どうしてそんなこと言うの!?」


「それが事実だからだよ! 俺はリンスインシャンプーになんかなりたくなかった」


「どこへ行くの! リンスインシャンプー!!」


リンスインシャンプーはわかってくれない親シャンプーをおいて出ていってしまった。


なにが悪かったのか。

どうすればよかったのか。


何度ポンプの底でぐるぐる考えても答えは出なかった。


ただ、この状況にどこか覚えがあった。



「まるで……私じゃない……」



かつて、商品サンプルになりたくて浴室を飛び出した自分。

あのときも親は自分をわかってくれないと思った。


あのときの自分は親に何を求めていたのか。

どうして自分は嫌っていた親の姿そのままになってしまったのか。


「私……あのとき、親にはただ応援してもらいたかったのに……。

 どうしてこんなわからずやのシャンプーになっちゃったんだろう……」


シャンプーはノズルの先っちょから液を流しながら泣いた。

そしてすぐにリンスインシャンプーを探した。


リンスインシャンプーは湯船のはしっこで落ち込んでいた。


「リンスインシャンプー! ここにいたのね!」


「……チッ。なんだよ、説教なら聞かねぇ」


「ちがう。あなたに謝りにきたのよ」


「謝る……?」


「私が間違っていた。話を聞こうともしなかった」


「……」


「荒れているのも、現状に納得できてないことがあるのよね?

 お母さんに話して。私は最大限サポートする。夢を応援する!」


それはかつて、親元を離れるときに自分がかけてほしかった言葉そのものだった。

その真剣な姿勢にリンスインシャンプーも心の注ぎ口を開いた。


「ぜってぇ笑わない……?」


「当たり前よ。どんな夢だって応援するわ」


「それなら……」


リンスインシャンプーはかねてから秘めていた夢をそっと話した。




「実は俺……ボディソープになりたい……」




それがけして叶わぬ夢だとしても、

親シャンプーは子供の夢を実現するためにそっとアドバイスした。




「それじゃ、今からボディソープとそっくりの容器にしなくちゃね☆」



こうして、大浴場にはパッと見で見分けの付かないボトルが2本並ぶこととなった。

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