第6話 ギルド

「見れば分かる」という言葉通り、ギルドとやらを見つけるのは至極簡単だった。

開けた長方形型の広場は、噴水を中心として人々が行き交う憩いの場であるらしい。広場の奥には幅の広い石橋が道を渡してかかっており、その先にある開かれた巨大な門扉が、俺達をじっと見下ろしていた。

 門扉の奥に聳える建物もやはり煉瓦造りで、日本にある結婚式場の様な白亜の城ではなく、堅牢とした砦を彷彿とさせる。

 と言っても、街を囲うような外壁がしっかりとある訳ではない。あくまでも『そういったイメージを醸す為』の造りなのだろう。攻められる事を想定した建物ではなさそうだ。


「よぉ」


 道の端でまじまじと建物を眺めていた俺の背後から、唐突に声がかけられた。

 驚いて見上げれば、そこに居たのは黒いキャスケットを被った金髪の青年。


「ギィ!」


 青年は相変わらず不機嫌そうに目を眇めていたが、俺が名前を呼ぶと、少し驚いた様子で瞬きをし、口を開いた。


「飼い主見つけた犬かよ」

「あ、いや、……つい」


 照れ照れと頭をかきつつ、視線を泳がせる。

 心細かったのは確かだったのだ。出会ったばかりの青年ではあるが、それでも安堵を覚えずにはいられなかった。

 そのせいなのだろう。途端に腹の虫が大きな音を立て、俺は更に小さく縮こまる。ギィはそれを聞くなり


「ギルドの中には食堂もある。行くぞ」


 とだけ言い置き、石橋を渡り始めてしまった。


「あっ、いや、俺、金なくて……」

「あぁ、知ってる」


 慌てて彼の後を追うが、ギィの反応はそっけない。大人しくついて歩けば、彼は開かれていた城門をあっさりと潜り、内部へと足を踏み込んだ。

 城の中も、ある程度イメージ通りだ。広々としたエントランスに華美な装飾は見当たらず、無骨な甲冑が置かれたり、壁に武器が備えられていたりする。内部に散見される人々もどことなく冒険者風で、その誰もが大なり小なり武器を所持しているようだった。

 エントランス奥に広々とした受付があり、そこでは女性数人が冒険者然とした人々の応対をしている。しかし、ギィはチラリとそちらに目をくれただけで、足を止めようとはしなかった。

 辿り着いたのはエントランスからほど近い、開けた大部屋。木製の簡素な椅子が幾つも並べられた場所では、幾人かがグループを作って想い思いの場所に座り食事を摂っている。

 ギィはその中でも部屋の奥隅のテーブルを選び、腰掛けた。俺もそれに倣って彼の正面に座る。と同時に、大柄の男が木の板を片手に近づいてきた。


「なんだ、ギィじゃねぇの。珍しいな、ここで飯を食う気になったなんて」

「俺はいらねぇ。コイツに何か出してくれ」

「あーあ、相変わらずかよ。……そちらは?」

「遠い田舎から遠路はるばる俺に会いに来た従兄弟だよ」

「ははは!面白ェ冗談言うもんだ!そいつもワーグワーズの残り子ってかい?」

「ああうるせぇな。さっさと飯を出せよ」


 男はやはりおかしそうにしながらも、あからさまに冠を曲げ始めたギィを「怒るなよ」と詰り、そして俺に向き合った。


「今日はグリムシチューか、アゥジのキッシュだ。どちらが良い?」

「えっと……、あー……。……ぎ、ギィならどっちを食べる?」

「……何で俺に訊くんだよ」


 ギィは少しばかり嫌そうな顔をした。けれど、俺が口を挟む前に

 

「アゥジの方がまだマシだろうぜ。お前がギトギトのグリム好きなら話は違うがな」


 と回答をくれる。

 全然何のことか分からないが、それならマシな方を選んでおこう。アジに発音が似ていた気がするが、とても魚が出てくるとは思えない。ただ、食堂全体には良い匂いが漂っているので、そうゲテモノが出てくる訳でもないはずだ。

 俺が注文すると、男は木の板にチョークのようなものでメモを取る。ふと思いついたようにギィが「2つつけてくれ」と追加を頼みつつ、ポケットから銅製と思しき硬貨を数枚手渡した。男は少し目を丸くしつつもそれを受け取り、「はいよ。ちょいとお待ちを」と厨房奥へ引っ込んでいく。


「あ、ありがとう……。二つ目はギィの分?」

「いいや。そこのリンドブルムの分だ」


 ギィが指し示したのは俺のショルダーバッグ。そう言えばそうだったと、俺は中にいたリコリスごと机に乗せた。

 うごうごとバックが動いて、中からぬいぐるみが顔だけをちらりと見せる。


「いやぁ、気がきくねぇ。僕は人間の料理に目がないんだよ」

「口に合うかは定かじゃねぇがな。まぁ、……悪い出来じゃないはずだ」

「おや。でも、君は食べないんだ?」


 ギィはふいとリコリスから視線を逸らし「腹が減ってないんでな」と素っ気なく返す。


「そんな事より、だ。お前、一体何者だ?どこから来た」


 ギクリと俺は思わず身を固めた。ギィの視線は鋭く、宛ら尋問室に放り込まれたような心地さえする。

 俺は暫く言葉を探してへどもどしたが、早々に全てを話す決心をつけた。顔を上げて口を開こうとした途端


「彼は『誘いの連れ子ストック』だよ」


 と、リコリスが横から俺の発言タイミングを奪った。

 

「なるほど、それで………。そういや一月前にサスティナ中央街で召喚の儀があったって話だったな。それのせいか」

「ホント、酷い事するよねぇ」

「話の流れが全く分からんのですけど……」


 ギィとリコリスだけで話が終わるのは困る。俺が軽く片手を上げて問えば、ギィが机の上で指を組みつつ教えてくれる。


「数十年に一度、手前勝手な連中が他所の世界から人間を引っ張ってくる儀式を執り行うんだ。その儀式によって呼び出された存在は、『誘い子チェンジリング』っつって、大層な待遇を受ける。………まぁ、道具として、だがな。他国牽制の抑止力を持つための儀式に過ぎん」

「基本的に呼び出されるのは1人だけなんだけどね。時たま、同じ世界から副次的にもう1人呼び出される事故が起こるんだ。そのもう1人を、ヒトは『誘いの連れ子ストック』って呼ぶんだよ」

「えっと……、つまり、俺はお呼びじゃないって事?」

「そんな事はないよ?むしろ、呼び出した側からすれば相当ラッキーな話だ。本来は1人だけしか呼べないはずだったのに、もう1人おまけでついてきてくれたんだから」

「おまけ……」


 ストック、と言う響きから既に悪印象だったが、改めておまけ扱いされると少し悲しいものがある。俺が若干肩を落としたのを見て、リコリスはくすくすと小さな笑い声を立てた。


「悪い事ばかりでも無いよ。君には選択肢が残されてる」

「選択肢?」

「そうさ。『誘いの連れ子ストック』の存在は、呼び出した側も把握ができていないんだ。呼び出されるべき場所から離れた所にふとやってくるものだからね。

 君が何不自由ない暮らしと引き換えに、兵器として活用されても問題がないなら、中央に行って『誘いの連れ子ストック』ですと城の門を叩くと良いよ。それが嫌なら、その事実を胸にしまって自由に生きていく事もできる。『誘い子チェンジリング』として呼ばれていたら、そんな選択の余地はないからね」


 その点で言えば幸運だったのだろうか。生活の保証は魅力的だが、その為に人道に反するような事はしたくない。黙って首を横に振る俺を、リコリスは「賢明だね」と簡潔に評した。


「出自は分かった。さっきの様子を見るに、お前はこの世界に全く明るくないな。いつこちらに来た?」

「今日……」

「そりゃまた、随分なアンラッキーだぜ。今日の今日でニアに見つかるとは……」


 後半は殆ど独り言のようだった。ギィは僅かに思案した後、今度はチラリとリコリスに視線を向ける。


「……で、どうして長命竜リンドブルムであるアンタが一緒に行動してるんだ?……アレを教えたのも、どうせアンタだろ」

「んふふ、ご明察。アンラッキーな客人にせめてもの祝福をと思ってね」

「よく言う……」


 茶目っ気たっぷりに言うリコリスとは対照的に、ギィは完全に呆れた表情だ。


「おまちどォ。アゥジのキッシュ、2人前だぜ」

「あ、ありがとうございます」


 厨房から声を張り上げてやってきた男が、俺とギィの前に一皿ずつ皿を置いた。

 黄金色にこんがりと焼けた生地の上には、少しオレンジ味の強い卵と緑の野菜がたっぷりと乗せられている。皿に丸ごと乗せられたそれは、キッシュというよりもピザのようで、やはりどこにも魚要素は存在しなかった。


「……どの辺がアゥジなんだ、これ」

「緑の虫が大量に入ってるだろォ?ソイツだよ」

「聞かなきゃ良かった」


 てっきり野菜だと思っていたのに。

 料理を持ったままにらめっこをする羽目になった俺の隣で、男はギィにカラカラと笑いかける。

 

「今日は何かい、お前さんも噂を聞きつけてやってきたのかい?」

「あぁ……?噂だ?」

「何だ、違うのか。昨日な、中央街からとびきりの客人が来たんだよ。明日の選定に出るって専らの噂だぜ?」

「誰の事だ」

「『誘い子チェンジリング』だよ」


 ぎくり、と肩が震えた。

 何とタイミングの良い事か。

 何も知らない店主は、意気揚々と話を続けている。


「聖教の使徒様もお付きで来てるらしい。今回の選定はそのおこぼれに預かれそうってんで、結構人数が集まったみたいだぜ」

「受付はいつまでだ」

「今日の九ツ鐘までだったよ。まぁでも、お前さんとニアの推薦なら、幾らでも融通は効くだろうさ」


 ギィはどこか不服そうにしながら何かを思案するように押し黙る。

 その様子を意にも介さず、男は俺の持つ料理を指してまた笑った。

 

「もしかして、アゥジは初めてか?大丈夫だよ。シャキシャキした食感が美味いんだぜ」


 その擬音が俺の知る感覚と同じであれば、虫に使われる事はない気がするんだけど。

 しかし作ったのだろう張本人の前で、手を付けないのも違う気がする。

 覚悟を決めて「いただきます」と叫んでから、俺は手の中のキッシュを一気に口の中に押し込んだ。シャキ、と確かに口の中で音が鳴ったが、そこまで不快な感覚ではない。恐る恐る咀嚼を繰り返し、気づいた。


「……美味い、これ」

「そりゃァ良かった!」


 爽やかなハーブ系統の旨味と、塩気の強さ、それから卵のような部分は若干のとろみがついていて、それぞれが上手い具合にバランスを取っている。先んじてくるのはアゥジの物だろうハーブ風味だが、後味は焼き加減のいい生地が残るからか濃厚さが勝る。

 今日初めての食事である事も相まって、俺の手と口は目の前の皿を空にするまで止まらなかった。


「うんうん。初めに来たのがエニエで良かったねぇ。ここは【地図描き】達のお陰で全体的な治安は良いし、何より食材が豊富で美味しい料理が多いんだ」


 リコリスの声に我に帰ると、食堂番の男は既に立ち去った後だった。リコリスもまたバッグの中から腕と顔だけを出して、もぐもぐと嬉しそうにキッシュを頬張っている。ギィはその様子を眺めつつ、やはり思案を続けているようだった。


「ごちそうさまでした」


 空になった皿に手を合わせて一礼。そして改めてギィに礼を述べた。「別に良い」と手を軽く振る彼は、決して不愉快そうではなさそうだ。


「そんで、……ひとつ確認したいんだがな」

「え、はい」


 改めて切り出された話題に、俺は何となく背筋を伸ばす。


「お前、……ニアの旅に同行するつもりはあるのか?」

「え?……あぁ、アンヘルへの旅の事?」

「そうだ。家での話は、アイツが勝手に言ってるだけの事だからな。どうやら無理矢理連れてこられただけのようだし、別にお前にそのつもりが無いんなら断ってもらって良い。その場合でも俺達はお前の事を口外はしないし、最低限の常識程度は教えて放り出してやる」

「本当、君は見た目と言動にそぐわず親切だよね」


 リコリスの言葉に俺は頷いて同意を示す。ギィはやはり嫌そうに顔を顰めたが、リコリスはお構いなしにケタケタと笑っていた。


「一介の【地図描き】として、自由を縛る真似をしたくないだけだ」

「あ……やっぱりギィも【地図描き】なんだ」

「端くれだがな」


 そう言って、ギィは首からかけていたネックレスを服の中から引っ張り出す。雫型の青い宝石のついたネックレスは、食堂の窓から差し込む光を屈折させ、机に鮮やかな虹を描いた。


「これが【地図描き】の証だ。これを持っている人間には、極力近づかない方が良いぜ」

「え、な、なんで?」

「【地図描き】はギルドの認定を受けて成る。ギルドは国の間にまたがる巨大な組織で、有事があれば駆り出される中立の見張り番みたいなモンだ。本来なら俺もニアも、お前をとっ捕まえて街の区王の前に立たせる責務がある」


 本来ならな、と言いつつ、ギィはネックレスを首元から服の中に突っ込んで、しまいこんだ。


「だがさっきも言った通り、俺達【地図描き】は自由を重んじてもいる。真っ当に騎士紛いの仕事をするのはごく一部で、俺とニアはその対極って所だ。だからまぁ、お前の選択を裏切るような真似はしねぇよ」

「普通に良い人じゃん」

「怖気が走るから止めろ」


 リコリスに対しては強く出られないのか、ギィは眉間の皺を深くするばかりだ。リコリスとしてはそれが面白いらしく、ギィをいじりながらニヤニヤとした。

 多少突っ込んで話を聞けば、【地図描き】、ひいてはギルドとは、周辺の魔物退治だけではなく、街の中の火災鎮圧や犯罪捜査にも手を貸しているようだ。

 もしかするとこの世界のギルドとは、冒険者組合を意味するのではなく、国境の無い警察・消防組織のようなものなのかもしれない。

 

「ええと……話を戻すんだけど。今の所、俺に悩む余地があんま無いんだよな」


 多少の思案を挟むふりをして、俺はあっさり告げる。


「行く宛がある訳じゃないし、金も全く無いし、知り合いがいる訳でもないし……。その中で自分を助けてくれた人と一緒にいられる選択肢があって、それを選ばない事は無い、かな」

「はぁ……、まぁ、そうだな……」


 俺の返答に、ギィは片手で頭を押さえた。


「いや、……良いか。お前の返答がどうであれ、選定を受ける事は勧めるつもりだったしな」

「選定、って、さっきの話に出てた奴?」

「そうだ」


 がさり、と青年のポケットから乱雑に出されたのは、一枚の紙切れだ。ざらざらとした手触りの紙には、活版印刷さながらの整然とした文字が並んでいた。が、勿論俺には一文字も読む事が叶わない。


「選定ってのは、ギルドが将来的に【地図描き】に成り得る冒険者を確保する為、定期的に行ってるもんだ。上手く残って認定を受ける事ができれば、ギルドがお前の身元をある程度保証してくれるようになる」


 今の俺の状態では、犯罪に巻き込まれても人攫いに攫われて売られても、国にもギルドにも一切助けてもらえないらしい。

 この世界にも税金や公共事業という概念があるようで、ギルドがそれらを肩代わりしてくれる代わりに、組織員はギルドの提示する仕事を受けなければならないのだそうだ。

 早い話が就職って事か。


「身元を保証してもらえる上に給料まで入るってんなら、願ったり叶ったりだよ。受けられるなら是非受けたい。……で、選定で俺は何をすれば良いんだ?」

「生き残るだけで良い」

「なんか一気に不穏になったな……」


 それ、つまり死ぬ可能性がある場所に放り込まれるって事だよな?

 一気に顔を青ざめさせた俺には目もくれず、ギィはなおも顎に手を置いて

 

「にしても、明日か……」


 と僅かに逡巡したようだった。が、すぐゆるゆると頭を振り、


「さっきの話じゃ、安全性が高いのはどうしたって今回だな……。……仕方ねぇ、俺とニアの名前で明日の選定にはねじ込んでやる」

「いや、それは有難いんだけど……、有難いのか?」


 なんだかよくわからなくなってきたな。死地に投げ入れられようとしている気がするのだが、ギィはあまり気にしていないようだ。

そこまで難しい話では無い、と言う事なのだろうか。


「いや、まぁ【魔法】を使って良いんなら、何とかなる気もするけど……」

「その単語を出すな。それに、当然ダメだ。さっきも言ったが、明日の選定にねじ込むとなったら、俺とニアの名前がくっついて行くことになる。滅多な事をしたら、俺たちの首も飛ぶからな」

「ひぇッ」


 喉の奥が鳴った。淡々と言ってのけたにしては、内容がちょっとグロテスクでは無いだろうか。

 気後れした俺が縮こまって、何も乗っかっていない皿を見つめていれば、隣からリコリスが不思議そうに口を開いた。


「……流石に親切すぎないかい?」


 どこか警戒する声音。

 確かに言われてみればそうだ。

 初対面で、それもギィからすれば俺は厄介事を運んできた張本人だろう。

 ここまで面倒を見る義理は正直なところ全く無い。

 しかし、それを指摘されたギィは、少し自虐気味に笑って言うのだ。


「残念な事に、これでも俺は【地図描き】の端くれなんでね」


と。

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2025年1月10日 00:00
2025年1月11日 00:00

魔法使いのカルテット 能兎文介 @adxxwb3140w

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