第4話 初めての任務
執務室の扉をノックすると、落ち着いた声で「どうぞ」と返ってきた。
「し、失礼します」
神官長の執務室に入るのは今回で二回目だ。加護を授かったことを報告に来た時にも入ったけれど、やっぱり緊張してしまう。
(今までほとんど接点がなかったのに、急に接する機会が増えるんだもの。苦手じゃないけど、隙が無いし……ちょっと怖いかも)
聖女になった報告をした時は本当にドキドキした。邪神に加護を授かったことがバレてしまうのではないか、そう思ったら、神官長の顔をまともに見られなかったのだ。
(結局、何も言われなかったけど……でもやっぱり見透かされている気がする)
だけどこれからは、神官長が直属の上司になる。萎縮していてはダメだ。
(私は聖女、私は聖女、私は聖女……)
自分に言い聞かせるように心の中で唱えながら、神官長の前に立った。
神官長をしっかり見るのは初めてだ。肩まで伸ばした栗色の髪を片側に流して結っている。眼鏡の奥の瞳は、穏やかそうなエメラルドグリーンだ。
優しそうだけれど、長年神官長の立場にいるらしいし、切れ者なのだろう。
「お呼びでしょうか、神官長」
「あぁリアナ、待っていましたよ。急で申し訳ないのですが、早速任務をお願いしたいのです」
やはり任務の話だった。
だけど申し訳なさそうに眉を下げている神官長の態度を見て、嫌な予感がした。
「えっと……もしかして難しい任務なのでしょうか? 単独任務とか?」
「そうです。本来ならば他の聖女に同行させるところから始めてあげたかったのですが、今は三人とも出払っていまして……」
新米の聖女は通常、先輩聖女の任務に同行するところから始める。
任務を覚えながら顔を覚えてもらって、皆の信頼を得ていくのだ。最初の一年間は誰かに同行するのだと聞いたことがある。
それなのに、聖女二日目の私に単独任務を任せるというのは非常事態だ。
「それは……皆さんがお忙しいということですか?」
「そうです。今やほとんどの神職者が中央区の件で出払ってしまっています」
中央区の件。それは神殿の末端で働く私の耳にも届いている程、大きな問題だ。
突発的に邪気が出現するという前代未聞の事態が起こっているらしい。神職者が浄化して回っているが、手が足りていない。
邪気を吸い込むと、生き物は気絶して数ヶ月は目覚めないと聞く。
王族や貴族の多くが暮らす中央区で邪気が蔓延するなど、あってはならないことだ。
「私も中央区での任務ですか?」
「いいえ、リアナにはセリニア地区へ行ってもらいます。……ここです」
机上の地図を指さされ、近づいてよく見ると、南方にある森が多い地区だった。
「セリニア地区……問題があるのはこの一番大きな泉ですか?」
「そうです。動物たちが逃げ出していると報告がありました。おそらく瘴気が出ているのでしょう」
森の奥深くにある泉は、時々瘴気を発することがある。普段人間が立ち入らないため、発見が遅れてしまうことも少なくない。
瘴気は邪気ほどではないが、吸い込むと体調を崩してしまう。動物が逃げ出すほどだとすれば、かなり濃い瘴気が発生しているのだろう。
「この泉の瘴気を放っておくと、いずれ邪気になってしまいます。どうかリアナの『聖なる力』で浄化をしてきてください」
「分かりました」
瘴気の浄化だけなら単独でも問題なさそうだ。
身体を巡る力は、かなり強いものだ。エドガーもついているし、大丈夫だろう。
「神官を三名程つけましょう。腕の立つ者達ですので、旅のお役に立つでしょう」
よし頑張るぞと気合を入れていると、神官長から予想外の提案をされた。
「お気遣いはありがたいのですが、それはお断りさせてください。中央区の件で人手が足りない今、この任務に人手を回す必要はありません。私一人で大丈夫です」
(人目が多ければ多いほど、エドガーと連携が取れなくなっちゃうもの)
神官長からすれば、聖女になったばかりの私一人に任せるのは不安だろう。だけど私にとってはチャンスだった。
この任務を一人でこなせたら、今後も一人で動けるかもしれない。そうすればエドガーに色々頼みやすくなる。
なんとかして神官長を説得したかった。
「もし何か問題が発生したらすぐに連絡します。逐一報告もいたします」
神官長はしばらく悩んでいたけれど、私の必死の訴えに根負けしたようだ。
「分かりました。リアナはしっかりしていますし、通常の新人聖女より大人ですから大丈夫でしょう。無事に戻ってくることを祈っていますよ」
「はい! お任せください」
私は心の中でガッツポーズをして、神官長の執務室を後にした。
「初任務ですよ、エドガー! 頑張りましょうね!」
「早速向かうか? セリニア地区なら瞬間移動ですぐだぞ」
エドガーは私よりウキウキしていた。もう行きたくてたまらないようだった。
「うーん瞬間移動か……そんなに遠くないですし、一分一秒を争うほどの緊急性がある訳ではないので……」
結構ですと言いたかったけれど、目に見えてエドガーがションボリしてる。
「や、やっぱりセリニア地区までお願いしようかしら。契約が上手く機能するかの確認も必要ですものね」
「おぉ、そうだな! じゃあさっさと準備するぞ!」
やる気を取り戻したエドガーは、なんだか可愛らしかった。
(エドガーって本当に邪神っぽくないわね。神っていうより普通の人間みたい)
私の背を押して準備を急かす邪神様は、少年のように無邪気だった。
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