第2話 一応聖女になりました

 翌日、私はいつものように神殿内での雑務に励んでいた。

 いつもと何ら変わらない日常だ。


 背後についてくる邪神さんの存在を除けば。


「おい、昨日の返答をまだもらっていないぞ」

「もうお帰りくださいよ。ここは神殿です。誰かに見つかったら……」


 ひそひそ声で言い返していると、前から神官が歩いてくるのが見えた。

 何も言わずに一礼だけして通り過ぎようとしたが、呼び止められてしまった。


「リアナ」

「は、はいっ!」

「加護を授かったと聞きました。おめでとうございます。あなたなら必ず聖女になれると思っていましたよ」


 邪神さんのことを指摘されるかと思っていたけれど、そうではなかった。

 どうやら彼には邪神さんの姿が見えていないらしい。


「あ、ありがとうございます。皆さんのお陰です」

「もう聖女として認定されましたので、もうすぐ任務の連絡が来ると思います。しっかり励んでくださいね」

「はい、頑張ります」


(今朝、神官長に報告したばかりなのに、もう認定されたのね。きっと人手が足りてないんだわ)


 聖女見習いの数も少なくなってきているらしいけれど、聖女の数はもっと少ない。

 今、この国の聖女は私を含めて四人だけだ。

 昔は大勢いたらしいけれど、増えるも減るも神次第だから仕方がない。


「ところで……あなたの神はどなたなのですか? リアナでしたら水の神でしょうか、それとも癒しの神とか?」

 

 ぼんやりしていたら、一番聞かれたくない部分に触れられてしまった。


「あ、えーっと、あっ、私、階段の掃除をしないといけないんだった。失礼します!」


 とにかくこの場を離れなければ。私は質問の答えを持っていないのだから。

 ちょっと不自然だったけれど、仕方がない。


 早足でその場を離れて、人気のない中庭までやって来たところでようやく足を止めた。


「はぁ……焦ったー」


 誰もいないことを確認してから、息を整える。

 邪神さんは私の様子を呆れながら見ていた。


「あんな質問、適当に答えれば良いではないか」

「後で辻褄が合わなくなったらどうするんですか? そうだ、邪神さんの知り合いの神を紹介してくださいよ。その神から加護をもらったことにすれば……」


 名案だと思ったけれど、邪神さんがニヤリと笑ったのを見て自分の間違いを悟った。


「それはお前からの『願い』か?」

「いえ、断じて違います。私は何も言っていません」

 

 油断も隙も無い。

 私の一番の願いがかなった今、むやみに対価を支払う訳にはいかない。


(協力してあげたいけれど、もし神官たちにバレたら聖女という立場を追われてしまうでしょうね……)


 さっきだって本当にヒヤヒヤしたのだ。

 邪神さんは姿を見られないようにしているみたいだけれど、いつバレるか分からない。


「ここは神職者ばかりなのに、こうやって私について回って大丈夫なのですか? 姿を見られたりとか……」

「人間ごときの力で見破られる訳がないだろう? そんなことより、お前の願いはなんだ? なぜ俺に言わないんだ」

「願い事はもうありません! それに、叶えてもらうには対価が必要でしょう? これ以上の寿命は渡せないです」


 私がそう訴えても、邪神さんには何の効果もなかった。


「寿命でなくとも構わない。腕や目でも十分だ」

「よけいに渡せません!」


(ダメだわ。邪神さんは諦めてくれなさそうだし、このまま断り続けて機嫌を損ねたら、何をされるか分からない)


 こんなにフランクに接していても、相手は神なのだ。何が逆鱗に触れるか分からない。

 殺される前に妥協点を見つけた方が良いかもしれない。


 私は仕方なく覚悟を決めた。


「本当に私の願いを叶えたことによる浄化なのですか?」

「可能性は高い」

「だったら検証してみましょう。ものすごく小さい願い事をするので、寿命一日を対価として叶えてください」


 こんなことに寿命を使いたくはないけれど、加護を失ったり殺されたりするよりはマシだ。


「よかろう。何か言ってみろ」

「うーん……じゃあ、宝石のついたピアスが欲しいです。このくらいの願いなら、寿命一日分じゃないですか?」


 神から与えられる宝石には加護がつく。ピアスくらい小さい物ならば、寿命一日分で良いだろう。

 そう思って提案すると、邪神さんは頷いた。


「では叶えてやろう」


 昨日と同じように目を閉じる。

 しばらくすると両耳に硬い感触があった。手で触れると、小さいピアスがついていた。


「どう……ですか?」

「本当に微かだが、浄化したのを感じる」

 

 邪神さんは、胸に手を当てながら嬉しそうにそう答えた。

 やはり浄化の条件は私の願いを叶えることらしい。しかも、願い事の大小で浄化の度合いも変わるようだ。


 理屈は分からないけれど、条件が分かれば十分だ。


「分かりました。協力します」


 私がそう言うと、邪神さんは少し驚いていた。


「本当か? では願いを……」

「まずは! 私と契約しましょう。一つ一つの願い事で対価を支払っていたら、あなたが浄化する前に私が死んでしまいます」

「それは困る」


 どれくらい浄化が必要なのか分からない以上、むやみに対価を支払うのはお互いにとって良くない。

 ならば、対価を払う量をコントロール出来るような契約を新しく結べば良い。


「では『あなたは浄化が完了するまで、私の願いを叶える。浄化が完了した時、対価としてあなたの願いを私が一つ叶える』という契約でいかがでしょう。そもそも邪神さんにとっては浄化自体が対価みたいなものでしょうけど、私が何かを支払わなければ契約は結べませんので」


 私は願いが叶うし、邪神さんは浄化される。最後に無茶な願いをされなければ問題ないだろう。


「良かろう。では契約を」

「その前に、あなたの名前は? 邪神さんだと呼びにくいです」


 名前も知らない相手と契約は結べない。いくら神だって、私に名前を聞く権利くらいある。


「俺はエドガーだ」


 神らしくない名前だな……と思いながら、契約を結ぶために私は目を閉じた。

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