邪神と歩む聖女の道 ~加護のない聖女は邪神と契約しました~

香木あかり

第1話 神の加護が欲しいだけなのです

 誰しも隠し事の一つや二つあるものでしょう?

 勿論、私にもある。


(今日でまた隠し事が増えてしまうわね)


 神殿の地下室で神を召喚したのだから。




「俺を呼び出したのは貴様か?」


 低く冷たい声が地下室に響き渡る。声のする方向を見ると、鋭い瞳がこちらを見ていた。

 どうやら成功したらしい。


 神は人の形をしていた。黒髪に赤い瞳、真っ黒なマントを羽織っていて、黒いブローチが怪しく光っている。

 赤い瞳を見ていると、吸い込まれてしまいそうだ。美しい人、というのはこういう容姿を言うのだろうと思った。


「そ、そうです……」


 私が震えた声で返事をすると、目の前の『神』は私の方にぐっと顔を近づけてきた。


「神聖な神殿内に邪神を呼び出すとはいい度胸だ。相応の対価を払えば願いを叶えてやる」

「じゃ、邪神? あなた邪神なの?」

「そう言っている」


(どうしよう。思っていたのと違うのが来てしまった……)


 確かに召喚術が書かれた本には、どんな神が来るのか書かれていなかった。


(だけど、『自らに相応しい神が舞い降りる』って書いてあったじゃない!)


 私に相応しいのは邪神ということだろうか。

 別にそれ自体に異論はないれけど、私は一応『聖女見習い』なのだから、もっと神聖な神に来てほしかった。


「どうした? 恐れ慄いたか?」


 私がずっと黙っているから、邪神さんが痺れを切らしそうだ。

 何もせずにお帰りいただく訳にはいかないだろうし、帰ってもらったところで別の神を召喚出来る保証はない。


(邪神だって神よね?)


 もう私には後がないのだ。願いを叶えてくれれば邪神だって構わない。


「えっと、私に加護をください。聖女として認められるために、『聖なる力』が欲しいのです」


 そう。私には神の加護が必要なのだ。

 聖女見習いが聖女になるためには、神から加護を授かり、『聖なる力』と呼ばれる魔力のような力を発現しなければならない。


 もし十八歳までに加護を授からなければ、神殿から追い出されてしまう。

 私はあと数日で十八歳を迎える。もう時間がなかった。


 だから考えたのだ。

 神々が加護を授けてくれないのならば、自分から神を呼び出せば良いと。

 人智を超えた神力を持つ神ならば、契約で加護を与えることが可能だろうと。


「……」

「あれ? 聞いていますか?」


 私が折角願いを言ったのに、邪神さんは黙り込んでしまった。


「お前……願う相手を間違えているとは思わんか?」

「それは……そうですけど」

「……」

「……」


 流れる沈黙が気まずい。

 まさか神から正論をぶつけられるとは思わなかった。


「で、でも対価を払えば願いを叶えてくれるのでしょう? 邪神でも神力をお持ちなはずです」


 私がそう訴えると、邪神さんもやる気を取り戻してくれたようだった。

 

「あ、あぁ、勿論だ。だが俺は専門外だから高くつくぞ。そうだな……寿命三年分程度になるだろう」

「三年……分かりました。差し上げます。だから願いを叶えてください」


 聖女になれるのなら寿命三年なんて惜しくない。

 予定より三年早く死んだって、周りに迷惑をかける訳じゃないのだし。


 私が了承すると、邪神さんはそれ以上文句は言わなかった。


「承知した。お前、名前は?」

「リアナ・クラウスナーです」

「ではリアナ、目を閉じろ」

「はい」


 目を閉じた瞬間、心臓をぎゅっと掴まれたような痛みが走り、思わず息を止めた。


(苦しいっ……これが寿命が縮まるってことなの?)


 もう耐えられないと思った時、急にふっと身体が楽になった。

 それと同時に、体内にじんわりと不思議な力が湧いてくるのを感じた。


「これが聖なる力なの……? 温かい」


 手段はどうであれ、私はようやく神の加護を授かったのだ。聖なる力が身体中に満ちていくのが分かる。


(良かった。本当に良かった……)


 邪神さんが願いを叶えてくれたのだ。

 お礼を言わなくちゃ。


 目を開けようとした時、困惑した声が聞こえてきた。


「なんだこれは……おい、お前何をした?!」


 目を開けると、目の前がキラキラと青く光り輝いていた。


「な、何があったのですか?」

「なぜ……。これを見ろ」


 指さされた先は、邪神さんのマントにつけられていたブローチだった。

 先ほどまで黒く光っていたブローチが、青色の光を放っている。


「ブローチの色が……!」

「浄化されたのか? この俺が? 今更どうして……」


 邪神さんはブローチを握りしめながら、訳が分からないという表情をしていた。


「浄化? 邪神さんは、邪神じゃなくなるのですか?」

「今はまだ一部だけだ。全て浄化されれば邪神ではなくなるだろうが……」


 今までの黒い光は穢れた光だったのだろう。

 なぜ浄化したかは分からないけれど、穢れがなくなれば邪神さんは正真正銘の神になれるのかもしれない。


(邪神さんは親切だし、願いを叶えてくれた良い神だわ。いつか浄化されますように……)


 私が心の中で祈っている間、邪神さんは何やら考え込んでいた。


「これを何度か繰り返せば……。だが……」


 小声でブツブツと何かを言いながら私を見たり、ブローチを見たりしている。

 そろそろお帰りいただきたかったのだが、完全にタイミングを逃してしまった。


「あのー私はそろそろ……あっ、願いを叶えていただき、ありがとうございました」


 失礼します、と地下室を後にしようとしたが、邪神さんに肩をぐっと掴まれた。


「おい、リアナ。他に願いはないのか? お前の願い、俺が全て叶えてやる! さあ言ってみろ!」

「えぇ……?」 


 もしかしたら、面倒な神に目をつけられたのかもしれない。

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