第38話 冬の行軍
しばらく敵の反撃はないと判断した中国軍が前線から離れて体制を整えた結果、朝鮮人民軍は東部戦線で主導権を握る。
そのためミンギルとテウォンのいる分隊が所属する中隊は、東部の
中でも
はっきりとした目標を与えられた中隊の士気はやや上向きになり、外套を着込んだ兵士たちは雪が積もった山間の道を明るい表情で行軍する。
進めば進むほど空気は凍てつき鼻や耳が赤くなって痛んだが、冬用の装備は十分に与えられているため凍傷にはならずにすんでいた。
「あれが有名な
ほど近くに見える白い雪に覆われた山々を眺めて、お調子者が感嘆の声を上げた。
空は薄く曇っているが雨や雪が降っているわけでもない天候のおかげで、
「共和国に協力的な住民は西部戦線よりもずっと多いらしいし、意外と良い場所だと嬉しいんだけど」
不平家は珍しく不平を言わずに、嘘か本当かわからない情報をもとに明るくお調子者と話していた。
「確かにパルチザンとかゲリラとかは、山間部の方が多いと聞いている」
真ん中を歩くジョンソは妙に余裕のある態度を崩さずに、部下たちの会話に混ざっていた。
同意する男は黙っているものの、分隊の兵士たちは民間人を無差別に殺戮したことを表面上は器用に忘れ、平常を取り戻している。
だがミンギルの隣を歩くテウォンは、相変わらずすべてに怯えていて、最近はミンギルが話しかけなければほとんど言葉を発さず、笑顔を見せることもない。
(敵が怖いだけならどうにかできる気がするが、そうじゃないから困っとる)
ミンギルは暗く陰ったテウォンの瞳を直視することはできなかったが、明るいはずの話題で気持ちを前向きにさせようと、いつも以上に能天気な人間であろうとした。
「味方だってはっきりわかっとれば、おれたちも敵じゃないかもしれん人たちを殺さんですむってことだよな」
民間人が敵か味方か判別できない状態だから無差別に殺す必要が出てくるのであって、協力的な住民しかいない土地なら本当の敵だけを殺せるんじゃないかとミンギルは半分は本気で信じている。
しかしテウォンはミンギルのように物事の都合の良い面だけを見ようとはせず、冷静に悲観的な事実を指摘した。
「本当に共和国に協力的な住民が多い土地だったとしても、敵だって買収とかいろいろやるだろうから難しいんじゃないか」
テウォンの言葉は厳しく、ミンギルにとっても距離を感じさせる刺々しさがある。
それでも何とか良い具合に楽しげな雰囲気にしようと、ミンギルは足りない頭で考えた。
「確かにおれも、金と肉と米をやるから国を裏切れって言われたら多分裏切るな」
場を和ませるほんの冗談のつもりで、ミンギルは小声で呟いた。
だがテウォンにとっては冗談ではすまなかったようで、ミンギルを見上げて睨んだ。
そこでミンギルは、もう何も言わないことにして俯いて黙った。
(戦場って普通に敵がいて、普通に敵を倒せばそれで良いんだとおれは思っとったけど……)
どうにも納得することのできない現実に、ミンギルは地面に転がっていた雪塊を踏みしめて砕いて進んだ。
吐く息が白く広がる気温であるので、さすがのミンギルも歩き続けなければ体が冷えて凍ってしまうような、染み入るような寒気を感じる。
ミンギルはテウォンと違って単純なので、おそらく真っ当な敵らしい敵と戦って勝つことができれば、疑問も葛藤もある程度は忘れられるような気がしていた。
しかしミンギルが今歩いている厚く雪が降り積もった道に米兵の気配はなく、進んだ先に敵だと信じられる存在が待っているかどうかもわからなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます