第27話 破壊の中で

 爆撃機が落とす数え切れないほどの量の爆弾の音は絶え間なく不快に響き、戦車砲が放つ青白い閃光がその破壊を照らす。


 米軍の圧倒的な火力による攻撃は凄まじく、朝鮮王朝が王権の象徴として造営し、日帝が秩序を捻じ曲げながらも近代化を進め栄えさせた京城ソウルの華やかな風景は、すべてが灰と瓦礫になりつつあった。


 煙に覆われて晴れていても暗い空の下、ミンギルとテウォンのいる分隊は、女子義勇軍志願者を連れて、電線がもつれて倒れた電柱を避けて市内を撤退のために駆けていた。


 石やコンクリートの建物は砂糖菓子のように砕かれて焼け焦げ、木造の家屋は燃えてはじけて崩れている最中さなかの街を横切れば、太陽の光のものとは違う嫌な熱さを感じる。


 敵の重火器による掃討が進む街には命令に従って戦っていた兵士だけではなく、逃げ遅れた住民もいて、あちこちに両者の焼けたりげたりした死体があった。

 建物が壊されて燃える煙の濃さに、人間がばらばらに血を流して焼け焦げる臭いを感じずに済んだのはありがたいことなのかもしれないと、ミンギルの冷静な部分は考える。


(あまりにも酷い状況を前にすると、もう慌てるって感じでもなくなるな)


 半歩後ろにいるテウォンの不安や自分の落ち着きを俯瞰しながら、ミンギルは淡々と安全な道を探して先頭を行く分隊長のジョンソの背中について行った。


 ミンギルとテウォンは言葉を交わさず、女子義勇軍志願者も、いつもはやや無駄口が多い他の三人も黙っている。


 粉塵でざらついた地面を重い軍靴で踏みしめ、米軍の苛烈な攻撃の隙間を何とか縫うようにして、分隊はミアリ峠を目指した。

 ミアリ峠は議政府ウィジョンブへと続く道につながる分岐点で、ごく普通の移動だけではなく、南の住民を北に連行する際にも使われていた。


 心を無にしてひたすらに峠に向かうことだけを考えて動けば、まだ京城ソウルが美しい街だったときには古風な建物の背景としてあった山々がしだいに近づく。

 灼熱の地獄のような市内からの脱出がようやく叶いそうになって、分隊は緊張を解きそうになった。


 だがちょうど後ろからついて来た女子義勇軍志願の女学生たちが歩いていた十字路の曲がり角から、思ったよりも深く侵入していたらしい米軍の兵士たちが現れる。


 彫りが深くても浅くても白人の顔をした米軍の兵士の集団は、ミンギルとテウォンのいる分隊よりもやや人数が多かった。

 また彼らは共和国では見たことがない見るからに強力そうな重火器を持っていたので、分隊は皆うっすらと死を覚悟した。


 だが米軍の兵士たちは戦場に突然女学生の集団が現れたことに驚いていて、攻撃は控えて生け捕りにしようと彼女たちに駆け寄った。


 一応銃を持たされていても、使い方がわかっているわけではない女学生たちは、きっと自分たちは助けてもらえるはずだと信じて自国の兵士たちを見る。


 しかし米軍の兵士たちは親切心で女学生たちを保護しようとしているようにも見えたので、ミンギルはあまり積極的に動く気にはなれなかった。


(女だから酷い目にあうこともあるらしいが、女だから大切にしてもらえることもあるだろう)


 まず女学生がいなければ自分たちは攻撃されていたであろう現実を前にして、ミンギルは冷めた気持ちになる。

 女学生たちの期待の眼差しを受けた新兵たちは、一瞬の判断を求めて分隊長のジョンソの方を向いた。


 戦場では一応はまとめ役らしく役目を果たして先導していたジョンソは、ここでも迷わずすぐに命令を下した。


「とにかく、逃げるぞ。峠へ急げ」


 言っていることの内容はともかく、意外なほどの頼もしさを感じる声で、ジョンソが振り向いて叫ぶ。

 女学生たちを連れて行くことを早々と諦め、ジョンソは俊敏に駆け出していた。


 あまりにも鮮やかな敵を前にした逃走に、ミンギルはかえって尊敬の念も感じる。


(なんだ。普通に逃げても良いのか)


 女学生たちとの別れが思ったよりもずっと早かったことに正直安心して、ミンギルはテウォンに目配せをしてジョンソに続いた。

 ミンギルの側を離れずついて来るテウォンと同様、他の三人と副分隊長も女学生たちを無視して走る。


 まったく戦う気を見せない自国の兵士の姿に女学生たちが唖然としてるのが空気で伝わるが、ミンギルは戦う必要がない戦いから逃げることが恥だとは思わない。

 ミンギルは活躍する兵士になりたい気持ちはあっても、無惨に死ぬ兵士にはなりたくなかった。


「あなたたちは簡単に同志を見捨てる、意気地なしです」


 最後に中心人物の少女が金切り声で叫ぶのが聞こえた他は何もなく、米兵は逃げていく敵を攻撃するよりも女学生を保護することを優先したらしかった。


(そこでおれたちを責めるなら、後悔はしなくて良さそうだ)


 あまりにも簡単に他者に犠牲を強いる女学生の態度に、ミンギルは数時間前の第一印象の正しさを確信する。


 ミンギルには振り向いて何か言い返したい気持ちもあったが、他の米兵がいつ現れるかわからない状況であるので、皆と一緒にむしゃらに峠の方へ逃げた。

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