第24話 光化門見学

 予定されていた行事がすべて終わると、新しく編成されたミンギルとテウォンのいる分隊は、連隊として他の隊とまとめられて羅南ナナム駅へと向かった。


 街の住民たちが旗を手に歓声をあげて見送る中での行進は華やかで、見目が良いという理由で目立つ場所を歩くことになったミンギルも気分が良かった。


 羅南ナナム駅からは平壌ピョンヤン羅津ラジンを結ぶ平羅ピョンナ線の鉄道に乗って黄海側に出てから、平壌ピョンヤン平釜ピョンブ線に乗り換えて南に向かう。

 鉄道に揺られる時間が長い旅であったが、各地の駅では青年団や婦人会が冷たいシッケなどを用意して待っていてくれたので、暑い日があってもなかなか快適に移動することができた。


 そしていくつもの山々が車窓を横切っていくのを眺めた先に、目的地の京城ソウルはあった。


 京城ソウルは各地からやって来る兵士が多く目立った歓迎はなかったが、その代わりに厰営地しょうえいちまでの移動は少し遠回りをして光化門を見学することができた。

 国境での会戦が長引かなかったおかげで華やかな街並みが意外と残っている京城ソウルは、近代的な通りは羅南ナナムとそう違いがないものの、宮殿や古い伝統家屋が並ぶ場所は古都らしい雰囲気があって長く歩いても飽きなかった。


(そういえばあのファン家の長男も、京城ソウルの学校に通っとるって話だったな)


 過ぎ去った時代を思い出させる風景に、ミンギルはかつて働いていた地主の屋敷と、その家の後継者であったはずの人物を思い出した。

 しかし京城ソウルは広く人口が多い都市であるので、ファン家の長男と出会う可能性はほとんどなかった。


 ミンギルとテウォンがいる分隊を含んだ列は、今も庁舎として利用されているらしい日帝が建てた巨大な西洋建物の前を通って、景福宮キョンボックンの東側へと向かう。

 前方を歩く人の群れの向こうに、それらしき建築物を見つけたミンギルは、指をさして目を輝かせた。


「もしかして、あれが光化門か?」


「俺にはまだ見えんけど、多分そうじゃないか」


 小柄なテウォンは、ミンギルが見ているものを見ようと背伸びをする。

 そのうちに門との距離が近づいて、二人とも光化門を目にすることができるようになった。


 勇壮な稜線を描く北漢山プカンサンを右手に建てられた光化門は、二重の瓦屋根のついた天高くそびえる宮門で、整然と石が積まれた城壁の大きさは歴史を知らないミンギルも何かを感じる趣がある。


 門の前を流れる三清洞サムチョンドン川には簡素な石橋が架けられていて、その橋脚の横では白い民服を着た住民の女性たちが洗濯をし、ささやかな笑顔で兵士たちに手を振っていた。


 その橋を渡った先にある門の前の広場は狭く、見学しに来た兵士たちが集まるとすぐに混み合ってしまう。

 押し合いへし合いになりつつも兵士たちは、小石で門に名前を刻んだり、あちこちを触って登ったりしていた。


「でっかい門のわりに、ここはなんか狭くないか?」


「橋ももっと立派なものにすれば良いのに」


「言われてみると、俺もそう思う」


 同じ分隊にいる三人の兵士も、文句を言いながらも楽しんでいる様子で、門を見上げている。

 ミンギルとテウォンは他の三人とは少々距離をおいて、二人で人混みの中で手をつないでいた。


「光化門は、本来は景福宮キョンボックンの真正面に建てられたものだった。だけど日帝がさっき見た建物――朝鮮総督府を建てるためにここに移築したんだ」


 門の見事な造りとはちぐはぐな素っ気ない周囲の様子の違和感について、テウォンは端的にその理由について説明した。

 テウォンの手はミンギルの手に比べるとずっと小さかったが、すらすらと疑問に答える落ち着いた声を聞いていると頼もしい気がして、ミンギルは握る手にほんの少し力を込めた。


「昔の王様も、日帝も米帝も今はもうここにおらんから、こうしておれたちが立っとるわけだ」


 光化門を取り巻く風景が侵略者によって捻じ曲げられていることを、ミンギルは別にそれほど惜しいとは思わなかった。古い王国の支配者もただ同じ朝鮮人であるというだけで、おそらくミンギルやテウォンのような低い身分に生まれた者にとってはそれほど良い君主ではなかったはずだからである。


 ミンギルのささやかな皮肉に気づいたテウォンは、つないだ手を握り返して微笑んだ。


「確かに俺たちには、王朝時代の威光は必要ないな」


 滅んで今はもう意味がないからこそ、憎む必要もなく美しいと思えるものがあると二人が理解したところで、後ろから副分隊長の声がかかった。


「次の人たちのために場所を空けなきゃいけないから、もうそろそろ移動しましょう。他の三人も呼んできてください」


 背後には清潔だが印象の薄い副分隊長の姿があって、その隣には腕を組んで黙っているジョンソがいた。

 まとめ役をすべて副分隊長に任せたジョンソは、ただ無感動な眼差しで光化門を見つめている。


(黙って立っとるだけで良いなら、おれも分隊長をやれそうな気がする)


 嫌味な意味ではなく、本気で自分も出世が期待ができるという意味で、ミンギルはジョンソの仕事ぶりを評価した。


 テウォンが他の三人を呼んで戻ってきたところで、七人は今度は厰営地しょうえいちへと歩き出した。

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