第15話 咸興駅発の汽車

 天候に恵まれた貨物自動車による移動は順調に進んで、ミンギルとテウォンのいる集団は午前中のうちにまずは咸興ハムフン市に到着する。

 咸鏡南道ハムギョンナムドで一番の年である咸興ハムフン市には二人が見たこともないようなレンガ造りの洋風の建物や、コンクリート製の数階建てのビルなどがあって、田舎からやって来た男たちはきょろきょろとあたりを見回しながら荷台を降りた。

 ミンギルも車に酔って青ざめたテウォンの手を引いて、他の男たちに続く。

 車寄せには軍用の貨物自動車だけでなく普通の乗用車や馬車も止まっていて、通行人は新しい兵士になる若者たちを曖昧な笑顔で見守っていた。

 そして全員が車を降りたところで、徴兵された田舎者を取りまとめる軍人の男は、彼らをはぐれないように集めて声をかけた。

「ここで清津チョンジン方面行きの列車に乗り換える」

 はっきりとした発声でそう告げた彼の背後にはアーチ型のガラス窓が美しい平屋の西洋建築の咸興ハムフン駅の駅舎があって、都会の景色を堪能する暇もなく男たちは今度は列車の方に誘導される。

 見上げるほどに天井が高く装飾が華やかな駅舎の中を通って鉄製の屋根のついたホームに入ると、線路には黒い塗料が塗られた木造の客車を堂々と連ねた機関車が止まっていた。

「何がどうなっているのかわからん乗り物が、都会にはあるんだな」

「そうだな。もしかするとこの次は、空も飛べるのかもしれん」

 ぽかんと口を開けてミンギルが汽車の長さを眺めていると、テウォンは青い顔で微笑んだ。

 テウォンが言うには空を飛ぶ飛行機という乗り物はすでにあって、軍隊でも使われているが、それに乗るのはおそらく非常に難しいとのことだった。

 まとめ役の軍人の男とその部下は、乗り込むことを忘れて生まれて初めての鉄道に見惚れている田舎の男たちを急かした。

「お前たちが乗るのは、二号車と三号車だ。入り口は前にも後ろにもあるから、分散して乗れ」

 あちこちで、同じ威圧的な命令でも村にいた人々とは話し方が違う軍人たちの声が響く。

 ミンギルとテウォンは与えられた指示に従って、列車に乗り込んだ。

 開け放たれた引き戸の入り口から車両に入ると、中は四方が窓に囲まれた開放的な造りになっているものの、貨物自動車の荷台と同じように田舎の男たちで混み合っていた。しかし通路を中心に左右二席ずつ、四列に並んだ座席は十分に人が座る余裕があったので、ミンギルは窓際に、テウォンは通路側に着席する。

 座席の上を見ると網でできた荷物棚があったが、二人には特に置く荷物はない。

 上げ下げ式の小窓をさっそく開けて、ミンギルは青ざめた顔をしたテウォンの様子を見た。

「窓側の方が風が入るけど、いいのか?」

「途中で寝るかもしれんから、こっちでいい」

 座席の背もたれに身体を預けて、テウォンは軽く目を閉じる。

 木製の座席は眠たくなるほど座り心地がよいというわけではなかったが、貨物自動車の荷台よりも足は伸ばせるし広々としているのは確かである。

 元気だけが有り余っているミンギルと違って、テウォンは慣れない自動車による移動に疲れ切っていた。

(相当、気分悪そうにしてたもんな)

 しばらくの間はそっと静かにしておこうと決めたミンギルは、黙って窓枠から外を覗いた。

 外の地面には何本もの線路が並んでいて、他の列車もちらほらと止まっている。

 汽車の煙突から上がる黒煙の焦げた臭いの混じった空気を、ミンギルはあえて深く吸って吐いた。

 やがて車両の力強い震えが大きくなり、制服を着た駅員が入り口に金具をかけて閉めた。

 空高く鳴る汽笛の音に蒸気や煙が出る音が重なったところで、汽車はゆっくりと動き出した。

 悠々とした汽車の出発に、周囲の若い男たちは再びはしゃいで拍手をしていたし、ミンギルも流れが加速していく景色の様子に強く高揚感を覚えていた。

 しかし見知らぬ土地を知らぬまま出発するのは、良い思い出のない故郷を去るときの開放感とは違う物悲しさがあって、ミンギルの心にも情緒がないなりの感傷を残す。

 隣を見てみると、テウォンも同じことを感じているのか、ただ目を開けて黙っていた。

 一定の調子を保った汽車の揺れは、貨物自動車のそれよりも心地よく、人の心を落ち着かせる。

 窓から見える風景も目新しい都会の町並みからすぐに見慣れた農村に変わって、車内も徐々に誰かの囁くような話し声と寝息しか聞こえないようになり、ゆるやかに静かになっていった。

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