第14話 鳥竿を越えて

 そして翌日の早朝、ミンギルとテウォンは荷台に幌の屋根がついた貨物自動車に乗せられて、他の百姓の男たちとともに羅南ナナムへ向かった。

 鉄製の荷台に人を何十人も積んで、手入れが行き届いているわけでもない林道を揺れながら走行する貨物自動車の乗り心地は決して良いものではなく、ファン家が使っていた手袋をはめて正装した運転手のいる黒塗りの高級車の優雅さとはまるで違っている。

 しかし運ばれているのは自動車に乗るのが初めての者ばかりであるので、皆笑顔で浮かれていた。

「この調子なら、羅南ナナムにもすぐだな」

「徴兵ってのも、そう悪くはなさそうだ」

 排気音もガスの臭いも気にせず、若い男たちは漠然とした期待感に胸をはずませる。

 ミンギルも例にもれずにはしゃいで隣のテウォンの薄い肩を抱き、まだ夜のほの暗さを残した青空の下に広がる森林から頭を覗かせる、木製の鳥の飾りのついた何本かの竿を指差した。

「見ろよ、鳥竿ソッテがもうあんなに小さい」

 鳥竿ソッテは村の入り口に立てられる魔除けの境界標で、人面をかたどった木彫りの柱の長栍チャンスンとともに村を病いや災いから守っている。

 その鳥竿ソッテの先端が遠く小さく見えるということは、ミンギルとテウォンはそれだけ村から離れたということである。

 村の周辺以外に出かける機会がまったくなかった二人は、自動車に乗ったことだけではなく、ファン家の屋敷に歩いて半日で戻れる範囲よりも遠くに行くことも初めてだった。

 だから大勢が乗るには狭い荷台でミンギルと身体を寄せ合って座るテウォンも、小柄で車の外が見にくいなりに、ミンギルの指差した方を見ようと懸命に隙間を探していた。

「ああ。俺たちは裏山の上からでも見たことがない、ずっと先の方へ行くんだ」

 テウォンはミンギルや他の百姓に比べると控えめで落ち着いていたが、それでも声は楽しげにうわずって、小さな顔は夢を見るような微笑みを浮かべている。

「まだ見たことがない、ずっと先の方」

 おうむ返しにテウォンの言葉を繰り返して、ミンギルは遠ざかる鳥竿ソッテが見える後方ではなく、貨物自動車が進んでいく山々がそびえる前方を見つめた。

 初夏の風が詰め込まれた若い男たちの頬を撫でて、朝の新緑の爽やかな香りが排気ガスの匂いを流す。

 ミンギルとテウォンが歩いたら何時間もかかる道を、貨物自動車はエンジンの振動とタイヤの走行音とともに景色を飛ばして進んでいた。

 木漏れ日が美しい谷あいの林道の風景や、原生林に抱かれた静かな湖を沿って進む国道を、荷台に乗せられた男たちは楽しんだ。

 やがて自動車特有の揺れと臭いによって男たちの何人かは吐き気を覚え、ミンギルもテウォンの背中をさすることになるのだが、それはまだもう少し先のことだった。

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