第11話 来訪者

 明かりのない使用人部屋で眠りについて一日が終わればまた、すぐに朝が来て働くことになる。

 そうして人生で何回目かもあまりわからない春が終わり、だんだんと日差しの眩しい夏に移り変わる狭間の季節が来た。


 初々しい新緑の色も深くなり、青葉がそよぐようになった初夏のその日も、ミンギルとテウォンは厨房の下女にグミの木の実を採ることを頼まれ、裏山に入っていた。

 グミの木々はゆるやかで日当たりの良い山の斜面に生えていて、あちこちに伸びた枝の葉の隙間からは、茎のついた赤く細長い実が揺れている。


「グミの木には棘があるから、気をつけろよ。あと熟した実はやわらかいから、潰さないように優しくな」


 テウォンは低いところの実を茎ごともぎって籠に入れながら、ミンギルに話しかけた。


 そのすぐ横で腕を伸ばし、ミンギルは高い場所の実を採っている。

 頭ではきちんと覚えていなくても、ミンギルの手は自然と鋭い棘を避けていた。


 しかしテウォンの細くて器用そうな指と違って、太く力強いミンギルの手は、四つ目に採ったグミの実を潰す。

 鮮やかに赤い皮が弾けて、小さくやわらかい実からは果汁が滲み出てミンギルの手を汚した。


「潰れたら今ここで、食べれば良いだろ」


 そう言ってミンギルは、むしろ食べるために潰したつもりで、潰れた果実を口に運ぶ。

 ミンギルはほんのりとつめたく甘酸っぱい果実の風味を種ごと味わい、指についた果汁を舐めて爽やかな香りも楽しんだ。


 その様子を見たテウォンは、まだ熟す前の緑色の果実を手にした。


「じゃあおれは、潰れないけどこれを食べる。完熟前のちょっと硬くて、苦みが残っとる実が好きだから」


 ミンギルからするとまったく美味しそうには見えない青く硬い実を、テウォンは笑顔で手のひらに載せる。

 そして果実を一呑みにはせず、大事そうに齧っていた。


(普通に不味い味なんじゃないのか、それは)


 ミンギルは硬くて苦いほうが美味しいというテウォンの味覚がわからず、不思議に思う。

 しかし青い実を齧るテウォンの小さな顔が満足げだったので、本当に美味しいのかもしれないと思って、自分も一つとって食べたみた。


(うん。やっぱり美味くはないな)


 硬い果肉を歯で砕いた瞬間に広がる渋みに、ミンギルは顔をしかめる。


 自分を真似たミンギルの失敗を見たテウォンは、声を出さずに笑っていた。

 こうしてその場で食べても困らないものの収穫のときには、仕事も楽しいことがあった。


 いくつかのグミの実を食べた二人は、屋敷に持って帰る分を採るために再び籠を手にして木々に向き合おうとした。

 だがそのとき、テウォンは目の端にいつもとは違うものを見た気がして、木々に背を向けて山から見下ろせる湖の方を振り返った。


 梅雨入り前の晴れ間の太陽の下で、湖は鏡のように周囲の緑豊かな風景を映している。

 そしてその湖を眺めるように、岸辺には大人数の人間が立っていた。


 彼らはなぜか皆似た芥子色からしいろの洋服のようなものを着ていたので、何らかの目的がある集団であると遠くからでもわかるほど目立っていた。

 風景を楽しんでいるようではあるが、遊びに来たという雰囲気でもなく、これまで見てきた余所者とはまったく違っている。


「湖の方に、いつもと違う人たちがおるな」


 ミンギルは目を凝らして、岸辺にいる人々の様子を伺った。

 しかし注意深く見たところで、彼らが何であるのかはわからない。


「あれは観光客じゃなくて、共和国の軍隊だな。何の用なんだろうか」


 隣のテウォンも事情を把握しているわけではなく、不思議そうにミンギルと同じ方向を眺めていた。

 テウォンに言われてもう一度見てみれば、確かに芥子色からしいろの服の集団は自国の軍隊に見えた。


「こんな何にもないところに、ご苦労なことだな」


 物知りのテウォンが何もわからないのなら自分が考えても仕方がないと、ミンギルはグミの木々の方を向く。

 ただテウォンが妙に真面目な顔で遠くにいる軍隊を見つめているので、何かの異変が近づいていることは感じ取っていた。

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