第10話 婚礼の準備

 テウォンとミンギルはまず牛に水や餌をやって、牛小屋の掃除を済ませてから、厨房で緑豆入りの粥を朝食としてもらった。


 それから昼前は畑に出て、胡瓜きゅうり本葉ほんようを間引いて、株元に藁を敷く農作業を行う。

 畑仕事が終われば、午後は屋敷の掃除と修繕を任された。


「ソヨン様の婚礼が近いんだから、屋根も壁も門も全部綺麗にするんだよ。記念写真を完璧に撮るためにも、半端な仕事じゃ許されないからね」


 相変わらず威張り腐っている下女は、ミンギルとテウォンに大雑把な指示だけを与えて厨房に戻る。


 自分たちには縁遠い話であるため二人は深くは知らないが、しきたり通りの婚礼の儀式というのは花嫁の家で行われるものらしい。

 近日中に娘のソヨンが隣村に住む名家の男と結婚するということで、ファン家の屋敷は慌ただしくも浮ついた雰囲気になっていた。


 ミンギルとテウォンが立ち入らない母屋の一室には真っ白な蓮花の花が刺繍された紅色の闊衣ファルオッや鍍金の龍簪ヨンジャムが用意されて、蔵では儀式用の食器や調度品の点検が行われる。

 衣装箱から出される衣装も、布で磨かれる漆塗りの器も、すべてが花嫁のために美しいはずである。


 だが娘の婚礼というめでたい節目を迎える一家の幸福も、最も下位に置かれた使用人にとっては仕事が増える厄介事でしかない。


(結婚って、何がそんなに大事なんだろうか)


 薄く雲がかかった白っぽい青空の下で屋根に登り、ミンギルは細長い木の板を手にして瓦の列のずれを揃えている。

 反対側の屋根からもテウォンが同じ作業をしている音がするが、屋敷の屋根の上では大声で無駄口を叩くこともできず、ミンギルはつまらない気持ちでいた。


(おれは今より幸せになってみたいとは思っとるけど、女と結婚したいと思ったことはない)


 ミンギルは手で瓦の具合を確認しながら、上から順に板で瓦を突き上げる。


 育ての親の老人とテウォン以外から優しくされた記憶のないミンギルは、異性にまったく良い思い出がなかった。


 ミンギルとテウォンは一人の男として育てられておらず、家畜のように殖やされることもない奴婢として扱われてきたので、男らしさや女らしさというものがわからない。

 男女のあり方をいうものを、誰も二人には教えなかった。

 だからミンギルには男として異性を好きになることもなく、結婚を望むこともない。


(確かにあの二人は、幸せそうだが)


 一列分の瓦の作業をして屋根を一段分下るついでに、ミンギルは塀の向こうの雑木林の影で歓談する、ソヨンと婚約者の姿にちらりと目をやる。


 赤と黄色のチマチョゴリを着たソヨンは華やかな顔立ちの可憐な十八歳になっていて、その婚約者である灰色の外套トゥルマギを着た男も細面だが背は高くそれなりの美男であった。


 ソヨンも婚約者も穏やかな笑顔で、声は聞こえなくてもお互いに楽しんでいるのがわかる話をしている。

 二人は屋敷から離れたところにいたが、視力があり見晴らしの良い高い場所にいるミンギルには、二人の表情がよく見えた。


 その様子に何となく苛立ったミンギルは、すぐに二人から目を離して、先程よりも少々強い調子で黒い瓦の縁を木の板で叩いた。


 すると薄く曇った空には、瓦の音が高らかに響く。


 そのすがすがしい音にミンギルは、ささやかな怒りをいったん忘れた。

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