第7話 秋夕

 収穫を終えた秋に先祖に感謝をする秋夕チュソクは、朝鮮において人々が最も大事にする日であり、日帝の支配が終わってから初めて迎える一九四五年の秋夕チュソクはより感慨の深いものになる。

 とは言えそれは、祀る先祖と集まる家族がいる者に限った話であり、終戦後も結局使用人と働かされ続けているミンギルとテウォンにとっては、それほど心躍るものにはならない。

 ファン家ではソウルの学校に通っている長男の漢昇ハンスンも戻ってきて、朝には屋敷の敷地内にある祀堂サダンで先祖の礼を迎える茶礼チャレが行われる。

 生きている人が住んでいるものと同じ一軒の建物である祀堂サダンには、四代の先祖が祀られていた。

 茶礼チャレの朝には祀堂サダンの祭壇に、収穫した新米を炊いた飯に蒸し鶏、

大根の漬物に初物の栗など、様々な食べ物が盛り付けられた真鍮製の祭器が並んだ膳が用意される。

 新米を収穫したのも、栗を拾ったのもミンギルとテウォンであるが、祀堂サダンでそれらを得るのはファン家の先祖であり、膝をついてお辞儀をして捧げるのはその子孫である男たちだけであった。

「今の俺たちは死んでも誰も祀ってくれないし、祀るべき先祖もおらんのに、他人の先祖とその子孫のために働いとる」

 解放独立から一ヶ月たっても訪れない変化に苛立ちを隠して、テウォンは裏庭で毬栗いがぐりを木靴を履いた足で踏む。

「お前が死んだらおれが祀るし、おれが死んだらお前が祀ってくれると思うけど、二人とも死んだら確かに誰も祀ってくれないな」

 漠然とではあるものの不平等は理解しているミンギルは、テウォンが踏んだ毬栗いがぐりから栗の実を取り出して籠にまとめた。踏むと栗の実ごと割ってしまうので、ミンギルが毬栗いがぐりを踏む側になることはなかった。

 連綿と続く族譜から外れた存在であるミンギルとテウォンは、血縁を前提にした祖国の信仰を心から信じることができない。

 しかし信じていなくとも、裕福な人々が持っている楽しげな時間は欲しかった。

「先祖がわからん俺たちが信じられるのは、山にいる山神霊サンシルリョンくらいか」

 テウォンはそう言って、紅葉でところどころが黄色くなった山を見つめた。

 山神霊サンシルリョンは虎に従えた老人の姿をしているという神で、山と村の守護者として敬われている。

「確かにおれも、何かに祈るなら山神霊サンシルリョンだ」

 ミンギルはほとんど信心深い気分になることはなかったが、漠然と神として思い浮かべることになるのは山神霊サンシルリョンだった。

 四季を通して山の恵みと田畑の実りを見守る山神霊サンシルリョンは、村に住む人々にとってもっとも身近な神である。

 それから一年後、二年後の秋夕も、ミンギルとテウォンはファン家の使用人として過ごす。

 日本人が去れば幸せになれるはずだという人々の期待は裏切られ、解放独立の日からの朝鮮は苦難続きだった。

 連合軍の占領による強制拠出や、水害の発生を原因とする混乱によって食料が不足し、疫病が流行してかえって植民地時代より大勢の人が死ぬ。

 しかし幸か不幸か、ファン家の治める村は食料不足や流行り病の影響を受けにくい場所にあったので、ミンギルとテウォンの生活に変化はなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る