第5話 主家の娘
刻一刻と薄暗く木の影が濃くなっていく裏山を降りた二人は、屋敷に戻ってまず厨房に
「春でもまだ、日が落ちた後は冷えるな」
「あの牛小屋の竈で、この飯を温められたら良いんだが」
ミンギルはほどほどに盛られた赤い雑穀米に白菜の漬物が載った木椀を両手で持って白い息をつき、テウォンも同じものを手に横を歩いた。
牛小屋には冬に牛の餌を煮るための竈があるが、ミンギルとテウォンの食事を温めるための薪はない。
しかし余り物の冷たい飯であっても、ある程度は十分な量を毎日食べることができるのは、この国ではおそらくそれなりに幸せな部類なのだと二人は何となく理解している。
粗末でも味わいがまったくないわけでもない夕食を与えられ、今度こそ二人の一日は終わろうとしていた。
だがちょうど二人が
「奥様たちが帰ってきた」
主家の娘であるソヨンとその母の帰宅に、テウォンが椀を軒下に置き、慌てて瓦葺きの屋根の載った門の方へ走る。
(おれはあいつらのために走りたくはないが)
わざわざ急ぎたくはなかったけれども、ミンギルもテウォンの後をついて門に向かった。
屋敷にいるときには、門を開け閉めするのも二人の役割だった。
やがて扉の隙間から漏れた車のヘッドライトの光が地面に白い光の筋を作り出し、門の前で車が止まる音がする。
それから運転手が下りて後部座席のドアを開ける気配がして、屋敷の方に声をかける。
「奥様とソヨン様のお帰りだ」
その呼びかけに応えて、ミンギルとテウォンは扉の前に二人で並び、それぞれ片方づつの木製の開き戸の金具を引いた。
「おかえりなさいませ。奥様、ソヨン様」
二人で声を揃えて出迎えの挨拶をして、深々と頭を下げてお辞儀をする。
白い民服を着た運転手が脇に立つ、停車した黒塗りのセダンから降りてくるのは、品よく洒落た装いの母と娘であった。
親子というよりは姉妹のようにも見える彼女たちが着ているチマチョゴリは、戦時中であるため華美ではないが、衿元を
また服だけではなく顔も、田畑や野山で働く人間と違って清潔で綺麗で、二人ともとりたてて美人というわけではないのに様になっていた。
(おれはこの二人も嫌いだけど、それでも頭は下げなきゃいけない)
ミンギルは渋々お辞儀をしながら、長く垂れ下がった前髪越しに親子の様子を伺った。
特に恨む理由は無くても、ミンギルは自分より恵まれた人々のことが嫌いだった。
今年で十三歳になるらしいソヨンは、ほんの数歩先にいるミンギルとテウォンの方をちらとも見ずに、可愛らしく無神経な横顔で門を横切り玄関に向かう。
ソヨンは華奢で小柄だが健康そうな顔色をした少女で、表情にはいつもどこかに勝ち誇った雰囲気があった。
悠々と歩く足元も西洋風の革靴と靴下であり、王朝時代で時が止まったような辺境の世界の中で、彼女が特別であることを示している。
「本当に今日は、良い買い物ができて良かったです」
三つ編みにして結った髪を揺らし、大きな紙袋を両手で抱えたソヨンは、母親に礼儀正しい言葉遣いで話しかけた。
紙袋に百貨店の判子が押されているところを見ると、どうやら親子は隣町の
既婚者らしい色合いの服を着ていても立ち姿が若い母親は、声を弾ませる娘に鼻につく上品さで微笑みかける。
「慰問袋以外のものを百貨店で買えるのは、久々だものね。お父様に、お礼を言わないといけないわ」
明るい会話を交わしながら、母と娘は流れるようにミンギルとテウォンの前を通り過ぎて、別の使用人が待つ玄関の向こうへと消えた。
親子の姿が見えなくなると、ミンギルとテウォンはお辞儀をやめて夕飯の盛られた椀を再び手にした。
門の外でも運転手がもう一度また車に乗り、車庫に車を入れに行っていた。
そして何事もなかったかのように、二人は自分たちの食事の話に戻って続ける。
「今日は、漬物がちゃんとあるから良かった」
「おれは漬物なくても飯が食えるけど、お前は味がないって言うもんな」
心底ほっとした顔で椀を覗き込むテウォンを、ミンギルは茶化した。
やがて屋敷の中からは、声の大きい父親の楽しげな話し声と、母娘のはっきりと聞き取れない程度の笑い声が聞こえてくる。
それはミンギルとテウォンが知らない家族の一家団欒のやりとりで、彼らが幸せであればあるほど、ミンギルは彼らが嫌いになった。
煌々と明かりの灯った、満ち足りた雰囲気のある屋敷に背を向けて、二人は暗く夜闇と一体化した使用人部屋に入る。
隣の牛小屋では二頭の牛が
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