第3話 終わらない一日

 ファン家の田畑の作業が終わると、百姓たちは自分の土地や家に戻っていき、ミンギルとテウォンは連れてきた牛と一緒にファン家の屋敷に帰った。


 ファン家の屋敷は北風をしのぐ裏山と水を汲むことができる川の間の、理想的な立地条件の場所に建っていた。


 上部に瓦で覆いをつけた玉石張りの高い塀に囲まれた屋敷は、主人の棟とその奥方の棟に分かれ、内庭アンマダンを囲んだ伝統的な造りになっている。

 美しく組まれた軒や柱の木材が黒く引き締まった色合いの瓦葺きの屋根を支えつつ、石灰を混ぜた真っ白な壁が明るい印象を与えるその外観は、一枚の絵のように整っていた。


 軒下の木枠に韓紙ハンジが貼られた開き戸の向こうには、オンドルで冬も暖かな小部屋がいくつもあって、青磁の壺が飾られた飾り棚や真鍮の飾りのついた重厚な箪笥パンダジ抽斗ひきだしのついた漆塗りの文机などの落ち着きのある家具が設えられている。


 しかしオンドルで暖められた床に敷いた程よい薄さの布団の寝心地も、開け放たれた窓から入る澄み切った風の香りも、使用人部屋で寝起きし主屋にはほとんど入らないミンギルとテウォンには縁のないものだった。


 ミンギルとテウォンはまず牛小屋に牛を戻してから、使った農具をきれいに拭いてから物置に返した。


「あとで見られて怒られんように、土が残ってないかちゃんと見とけよ」


「ああ」


 以前に主人に怒られたときのことをテウォンに言われて思い出して、ミンギルはもう一度農具を先まで確認してから戸を閉める。


 それから西日が作る長く伸びた影を踏み、テウォンが戸口のかんぬきをかけたところでちょうど、炊事場の方から籠を手にした女が現れた。

 白い上衣チョゴリに藍色のチマを着たミンギルとテウォンよりもずっと年上のその女は、ファン家で働いている女中であった。


「そこの大きいのと、小さいの」


 明らかに小馬鹿にした口調でふんぞり返って立ち、女中はミンギルとテウォンを呼びつけた。

 やや肥満気味の顔に浮かべた笑みが憎たらしいその女中は、ファン家の食事を作っている自分が一番上等な使用人だと思い込んでいて、農作業や家畜の世話をして働くミンギルとテウォンを見下している。


(また、この女があれこれ言いに来た)


 思い遣りの欠片もない女中の態度に、ミンギルは反感を抱いていた。

 しかし実際に彼女はミンギルとテウォンよりもファン家の奥方や主人に気に入られていたので、できる抗議はせいぜい返事をしないことくらいであった。


 ミンギルがただ黙って女中をにらんでいる一方で、テウォンは年上の女性と話すのにふさわしい言葉遣いで受け答える。


「今日は何のご用ですか、ウンギョンさん」


 損得の勘定がきちんとできるテウォンは、波風を立てない対応をとる。

 だがミンギルは自分も人の名前を覚えれないのにも関わらず、相手が名前を呼ばないのだからこちらも糞女などと呼び返せば良いと考えていた。


 ミンギルの無愛想さは気にせず、女中はテウォンの丁寧な返事に気を良くして、意地が悪い笑みを深めた。


「今からちょっと、山蒜サンマヌルを採ってきてよ。醤油漬けにして明日の朝食に出す予定だったんだけど、用意するの忘れてたから」


「今からだと、日が沈むまであまり時間がないですけど……」


 やわらかに赤みを帯びてきた空を見上げ、テウォンがやんわりと不本意そうな態度をとる。

 女中はそのテウォンの表情にまったく配慮を見せることなく、手にしていた籠を強引に押し付けた。


「でもソヨン様が食べたいって言っていたからね。頼んだよ」


 ソヨンと言うのは、ファン家の主人の娘の名前である。

 主人の威を借りてぴしゃりと会話を終わらせた女中は、ミンギルとテウォンに断る隙をまったく与えずに立ち去った。


 紐で肩に掛けられるようになっている柳の籠を手に、テウォンは短いため息をつく。

 ミンギルは肩をすくめたテウォンの小さな頭に、自分の身体に触れるのと同じくらいの気軽さで手を置いた。


「また、やることが増えちゃったな」


「俺たちには、俺たちの仕事を押し付けることができる相手がおらんから」


 冗談っぽく笑って、テウォンはミンギルの気遣いに応えた。


「でもその代わりに俺たちは、二人で仕事を分け合える」


 テウォンは二人の間の合言葉のようになっているやりとりを交わすことで、やや声も明るくなって顔を上げる。

 与えられた命令に従うしかない二人は、日が暮れる前に帰れるように急いで裏山に向かった。

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