第2話 男の娘ヒロインはお得か否か
朝靄立ち込め鳥のさえずりが響く森の中。
目を覚まし、眠気を払うために川で顔を洗おうと思い立ったコナーが眼を擦りながら獣道を抜けて川岸に出ると、
「…コナー?」
水も滴る全裸の美少女がいた。
(えっ、えっ、えっ)
長い黒髪は水面に漂い揺れていた。シルクを思わせる透き通るような白い肌に水滴が流れ朝日を受けてキラキラと輝いている。
砂色の瞳は凪いだ湖面を思わせる静けさでこちらを見ていて、その肢体は川辺の緑を背景にはっきりと浮かび上がり、ささやかな胸の膨らみやほっそりとした腰つき、スラリとした手足などがまるで妖精を思わせる神秘的な美しさを纏っていた。
今年で齢一二歳を迎えたコナーは目を奪われた。彼女の美しさに圧倒され、夢の中にいるようだと感じた。川辺で水浴びをする彼女の姿はまるで絵画の一場面のようで、彼の心を掴んで放さない。
それはそれとしてコナーは興奮した。家族や同世代で顔見知りの子供たち以外では初めての異性の裸体を前に鼻の穴が開き下半身に血潮が集まるのを自覚する。
──これは、まずい。
何だかよく分からないが、
彼は聡い子供だった。ついでに耳聡く、情緒も相応に成長していた。雌しべと雄しべの関係をそれとなく理解している彼は、この場は速やかに去るべきだという判断を下せた…筈だった。
「…あなたも水浴びですか?」
「はっ、はい!! そうです!!」
彼は余りに気が動転していた。
答えた勢いのままばさっとチュニックを脱ぎ、歳の割によく鍛えられた腹筋を外気にさらす。
しかしまだズボンも下着も穿いている。このまま川に入ると濡れてしまうだろう。
──脱がねば。
神聖さを秘めた使命感に衝き動かされるがままに腰で結んでいる紐を解き、まとめて一気に引き下ろそうと手を掛け、
「こんっの変態クソエロガキがッッッッッ!!!!」
燐光と共に実体化した使い魔アシュテルトの振り抜いた右脚がコナー少年の腹部を捉え、川面を数度バウンドさせる勢いで吹き飛ばした。残当だった。
◆ ◆ ◆
黒鉄級冒険者になった結果協会から贈られてきた、クーリングオフ不可らしい『貪狼』という異名。背中がムズムズして仕方のないコレで呼ばれる事にどうにか慣れ始めた頃。
「急に呼び出して済まないね、コフィア。早速用件なんだけど、君に迎えに行って欲しい子がいるんだ」
呼び出されたギルドの団長室で、窓を背にしたイシウさんは椅子に座る俺に真面目な表情で言った。
「元団員からの推薦でね。彼女の息子は冒険に憧れ、鍛錬を怠らず、その資質は元白銀級の自分すら凌ぐ、と」
冬が過ぎ雪解けの季節を迎えて、ガラス越しに差し込む日差しは眩さを増しつつあるもののまだまだ外も室内も肌寒い。俺とイシウさんも衣替えはまだでお互いシルエットはややずんぐりとしている。
それで…えっと、『迎えに』って態々つけるってことはこのマリアナの街にはいなくて、しかも子供?
「そうだね。今は南のタミネイの町に住んでいるよ。歳は多分一〇かそこらだったと思う」
タミネイかあ。まあ往復ひと月くらい? ここから麓までは徒歩だけど降りれば後は馬車なりなんなり捕まえて……って、え、一〇歳? マジで? いくら有望とはいってもそんな子供…いや俺は人のこと言えないや……ん? 元白銀級の…タミネイって。
「…サーラ」
!? その名前……と言うことは。
「手紙が届いたんだ。冬を、越せなかったようだよ。頼まれてくれるかな。彼女も、君が来ることを望んでいたみたいでね」
…分かりましたよ。出発の日取りとかはどうするんで? ギルド的に問題ないなら明日には出れますけど。
「それで大丈夫だよ。暫くは遠征の予定もないしね。経費はこっちで出すから、請求書は帰ってきた後ちゃんと提出するように」
そんなやり取りをした後、俺は急いで旅の用意を行い、次の日の早朝にはマリアナを出立した。
山越え谷越え道中モンスターにも遭遇したが、コルドロンの化物共と比べれば赤子のようなもので適当に倒して魔石を集め、立ち寄った町で売って小銭稼ぎしつつ南へと向かう事幾日。
「タミネイ…ですか。この辺りは見渡す限りの荒野だった筈ですが」
珍しく霊体化を解いてトテトテ傍らを歩くアシュテルトが興味深げにキョロキョロ周りを見ながらそう口にした。いったいいつの話をしているんですかな使い魔さん?
人や荷車の往来で土が固く踏みしめられた街道の周りには緑に覆われた畑が広がっている。かつて荒野だっただなんて微塵も感じない。
ふと立ち止まり植えられている作物の葉っぱを見ても何の野菜かサッパリだ。根本の地面から白いのが少し出てるからたぶんカブみたいな根菜だと思う。知らんけど。
そんなふうに風景を眺めながら暫く歩いて辿り着いたのが背の高い外壁に囲われた城塞都市、タミネイだった。ハルバードを手に門を守る屈強な衛兵に黒鉄級の認識票とイシウさんから持たされていた紹介状を見せたらすんなり中に入れてもらえた。
「陰険アーチャー曰く、目的の家は西区画にあるようですね」
イシウさんのことをあんまりな言い表し方をしているアシュテルトの手には、その陰険アーチャーが書いた地図が握られている。
前世ではグー◯ルマップ頼りだった俺がここまでの道中で何度も道を間違えるのにブチ切れて案内役を務めてくれているのだ。感謝しか無い。ありがたや。
この町は建物の壁や屋根が色鮮やかで、質実剛健とした雰囲気のマリアナとは違った空気を感じる。それに、道行く人々の中に冒険者を殆ど見かけず、周りからすれば剣を持つ俺が珍しいのかチラチラ視線を向けられることが多い。
この辺りのモンスターは武装した農民が数人集まれば撃退出来る程度の雑魚しかいないみたいだし当然だろう。
二人でトコトコ歩いて辿り着いたのは、そこそこ大きなレンガ造りの一軒家だ。木製で緑の塗料が塗られた扉をコンコンとノックしてから名前を名乗る。
しばし間をおいて出てきたのは顔に深いシワが刻まれた白髪の老婆。彼女は俺達を見てその碧眼を僅かに見開くと、ふわりと微笑んで中に入れてくれた。
四角いテーブルを囲んで椅子に腰掛ける。俺達の前にはこの辺りの特産品らしいワイン…は俺が下戸でアルコールが飲めないと断ったら代わりに出してくれた葡萄ジュースが注がれた木製のコップが置かれ、アシュテルトは既にチビチビと飲み始めていた。
「貴女がコフィアちゃんね。娘から…サーラから話は聞いていたわ。元気そうで本当に良かった」
老婆はリンダと名乗った。
俺の恩人であるサーラさんの母親で、旦那さんは随分と前に亡くなっていて、
「今日は……サーラの最期の願いを聴いてくれて、ありがとう」
そして、その娘も病で亡くした一人の母親だ。
「まさかコフィアちゃんが迎えに来てくれるなんて、きっと娘も天国で喜んでいるわ」
俺は、そんな彼女に追い打ちをかけるように、独りにするためにここに来ている。
彼女はその事を分かっているだろうに、柔和な面持ちを欠片も崩さない。
覚悟を感じた。
「コナーちゃん…サーラの息子ならこの時間は北の教会裏の墓地に居るはずだけど、帰って来るまで待ってる?」
リンダさんの提案を断り俺は家を出た。ジュースはとても美味しかった。
霊体化で建物にすぐ登れるアシュテルトに教会の位置を(物凄く渋られたが)確認してもらってから歩き出す。
この町自体はそれ程大きくない。教会にはすぐ着いた。墓地にはいくつか人影があり、その中から一人かつ子供という条件で絞り込む。
奥まった所に茶髪の子供が一人、墓碑を前に佇んでいた。多分あれがそうだろうと歩み寄っていく。アシュテルトはいつの間にか姿を消していた。空気読んだな。
近づいて行くと、足音に気付いたのか子供は此方を振り向いた。
小柄だった。微風が軽やかになびかせる髪は肩にかかる程度で、太陽の光が差し込んで柔らかい茶色の髪がきらめく。大きく零れそうな碧い瞳はこちらの視線と交わると僅かに揺れたように見えた。
……人違いか? 美少女にしか……いやでも服で分かりにくいけど骨格はよく見ると男だな。袖や裾から見える手足に鍛錬でついた筋肉あるし。目の色や顔立ちはリンダさんに似てて、墓碑にもサーラさんの名前がある。つまり男の娘ってやつか!?
念の為名前を聴いてみると男の娘はコナー少年本人だった。声もすっごい可愛い。俺が自己紹介と併せて事情を話そうとすると、少年はそれを遮るように、
「ぼくは、行きません」
とキッパリ断言されてしまった。
サーラさんから俺のことは薄っすらと聞かされていたらしく、冒険に憧れる彼の事を迎えに来たことも悟っていた。訳を訊ねてみれば、祖母であるリンダさんを独りに出来ないという至極真っ当な理由だった。
……帰ってもいいよね? 無理に引き離す必要も無いでしょ。
そんな考えが少しの安堵と共に頭を過った。
取り敢えず少年を連れてリンダさん宅に送り届ける。これまでの道中が徒労に終わりそうという事実にどっと疲れが出てきてさっさと休みたくなり、適当に宿を取り食事もそこそこに泥のように眠った。
翌日朝。マリアナに戻るので一応挨拶をしておこうと帰り支度を済ませ、サーラさんの墓に寄ってからリンダさん宅を訪ねると、何故か剣を背負ったコナー少年に手合わせを求められた。
少年は鍛錬用の鉄芯仕込みの木剣、俺は腰の鞘を使う。あからさまに不満気な様子だったが、そこらの木の棒や箒を使うよりはマシだと思う。あと、俺の剣術は普段から鞘も使うからハンデって訳でも無いし。元白銀級冒険者の息子相手に極端な舐めプは死亡フラグだよ。
油断? 慢心? いいえ、これは余裕です。
そして手合わせは普通に勝った。当然の勝利である。
けれど、少年の素質はかなり光るものを感じた。元白銀級のサーラさんが親の贔屓目無しに加入を推薦してきたのも納得だ。それに、戦いの最中に成長しているような感触があり、何処まで対応してくるのか面白くなってついつい連戦してしまった。
そして気力体力使い果たしてぶっ倒れた少年を彼の自室のベッドに運ぶ。弱々しく抵抗されたが地面に寝かしとくわけにいかないしリンダさんは年齢的に無理だしアシュテルトは出てこないしで諦めて欲しい。
その日はリンダさんの強い申し出でお宅にお邪魔することになった。
夕方にはどうにか復活した少年とちゃっかり出てきたアシュテルトも食卓を囲み、この地方の家庭料理を沢山振る舞ってもらい舌鼓を打ち、サーラさんらにまつわる思い出を聴き、楽しいひと時を過ごした。
ただ、料理の中に肉を酒で煮込んだものがあり、俺はその程度の酒気でも酔っ払ったらしく食後の記憶が無い。
たぶん面倒な状態になったんだろう。リンダさんは笑っていたが、少年を怒らせてしまったようで顔は赤く距離を取られてしまった。アシュテルトはすっごい冷めた目をしてた。
あ、でも少年は俺達と一緒にコルドロンに行くことにしたらしい。どうやらリンダさんに後押しされたようだ。よかったよかった。
出発はそこから更に明後日だった。旅の準備に近所への挨拶回りとか色々あるからね。しかし、ちょっとイシウさんに言ってあった日数過ぎそうだけど心配…あ、ひとっ飛びして伝えて来てくれたんだ、ありがとうアシュテルト。さす使。
そして旅立ちの朝。
見送りの人混みの中から飛び出してきた、向日葵のような雰囲気の桃色髪の幼女が、コナー少年にひっしと抱き着く。
「わたしも! 冒険者になるから!! コナーを守るから!! 待ってて!!」
「モカ……うん、待ってるよ」
……。
…………。
……………………。
コナーお前原作主人公かよぉ!!!!????
あと幼女モカちゃん可゛愛゛い゛な゛ぁ゛!!!!!!!!
歳は? 一〇歳? 魔法が得意? でもまだ冒険者は無理だなあ。来年か再来年迎えに来るから! あ、ご両親ですか? これ俺の連絡先です。はい、何かあればこちらによろしくお願いします。どうぞよしなに。
そして俺は原作主人公な男の娘、コナー少年を連れてマリアナへの帰路についた。
え? 俺を先生に? おけおけ。原作主人公強化すればモカ生存ルートの確率も高くなるだろうしな。
よろしく頼むぞ、コナー。
◆ ◆ ◆
『コナー、眠れないの?』
夜。ベッドに入ってもなかなか寝付けないぼくに母さんが寝物語代わりに話してくれた冒険譚が、憧れの源流だった。
それらは決して胸踊るばかりの順風満帆なお伽噺ではなく、モンスターに敗れ死んだ仲間の事や彼らへの哀悼、モンスターへの恐怖、怨恨…そんな苦しい話もあるかつての記憶だった。けれど未知の道のりを探索し、人類未踏の地を踏みしめ、己の手でのし上がる。そんなコルドロンでの冒険の日々を、母さんが愛していた事はひしひしと伝わってきた。
白銀級冒険者『天狼』のサーラ。
浮遊魔法と雷の魔法剣により尽くモンスターを殲滅する魔法剣士。
母さんはぼくを妊娠した事を機に冒険者稼業から引退し、祖母が住んでいるタミネイの町に戻ってきた。父さんは居ない。母さんの武具を手掛けた優秀な鍛冶師だったが、ぼくが生まれる前に事故で死んでしまったらしい。
母さんは酒場の店員兼用心棒として働き、休みの日にはぼくに剣や体術の稽古をつけてくれた。強くて優しい人だった。
そして、母さんが病に倒れ、天に召されてから一つ季節が過ぎた頃、彼女はぼくの元を訪れた。
「…貴方がサーラさんの息…子、コナーさん、でしょうか? おれは…」
風のない夜に佇む柳のような彼女はコフィアと名乗った。ぼくよりいくつか年上の女性の冒険者で、母さんが昔から時折手紙のやりとりをしていた相手だった。『貪狼』の二つ名持ちの黒鉄級だと知ったのはマリアナに着いてからだったけど。
母さんは病床の中で手紙を遺していたようだ。古巣のギルド『先陣一歩』宛に、冒険者を目指すぼくの助けになってくれるよう頼み、それを受けて来たのが母さんと縁があるコフィアさんだった。
迎えに来ました、と彼女が変わらない表情で続けるのをぼくは遮るように口を開く。
正直に言えば、嬉しかった。この町の冒険者なんてのは酒場で昼から酔っ払ってる破落戸の集まりでしか無く、モンスターへの対処だって衛兵の方が頼りになる。それが、本物の冒険があるコルドロンの冒険者から声がかかるなんて!!
だけど。
「ぼくは、行きません」
言ってしまった。
だって、ぼくが出ていってしまったらお婆ちゃんは今度こそ独りになってしまう。そんな事はできない。冒険への憧れはあるけれど、それとこれとは話が別だ。時間だってある。少し遅いけれど、お婆ちゃんを看取ってからでも冒険者にはなれるはずだ。
遥々旅をしてきた相手の労力を無為にするような言葉に激昂されるかと覚悟したが、コフィアさんパチパチと瞬きをしただけで「そうですか……なら、帰りましょうか」と踵を返し、予想と反した反応に呆然と立ち尽くすぼくを「…コナーさん、そろそろ日が落ちますよ」って振り返り促すだけだった。
家の前までコフィアさんと来た。彼女は何も言わずぼくを見る。薄闇の中に浮かぶ砂色の瞳に映るのはとても小さくて頼りない子供が一人。振り払うように扉を開けて中に入ると、エプロン姿のお婆ちゃんがニコニコと笑顔で出迎えてくれた。
「それで、いつ頃出発するのかしら。発つ前に、いっぱいご馳走を食べて欲しいのだけれど」
「えっ、その、ぼくに、素質が無いから辞めたっ……て……そ、れで……」
咄嗟に口を衝いて出た嘘は、お婆ちゃんの眉が下がっていくのを見てどんどん尻すぼみになってしまう。
そんな顔をさせたかったんじゃないのに。
お婆ちゃんは腰を曲げて視線を合わせると、最近プルプルと震えるようになった手をぼくの頭に乗せた。
「コナーちゃん。私も、寂しくない……って言ったら嘘になるわ。あなたがずっとここに居て、見届けてくれたら、それは、嬉しいことよ」
「それなら」
「でも、きっとね、最期にふと後悔しちゃうの。これがあなたや私、サーラが望んでた幸せなのか……って。私はあなたが冒険者になりたくて頑張ってる事を知ってるし、尚更ね」
お婆ちゃんはぼくの手を取った。母さんから教わった剣の鍛錬を続け、固くなった手のひらを撫でる。
「冒険……それは心に秘めた夢を追う旅だって、サーラは言っていたわ」
手を放すとふらりと部屋を出ていき、少しの静寂の後、鞘に収まった剣を手に戻ってきた。
「これはアーノルド、あなたのお父さんが、未来の子どものために遺した剣。サーラに教わったとおりに手入れはしていたけれど」
スッとぼくに差し出された剣は本来片手剣なんだろうけど、今のぼくには持て余す大きさだった。
カタカタと震えるそれを受け取る。ずっしり重い。少し鞘から抜くと、サビ一つ無い鈍色の光がキラリと煌めいた。
「コナー。強くて優しい、可愛い大切な孫。私のことは心配せずに、あなたの夢を追いかけて。未知の世界を歩んで、学んで、成長して、新たな仲間に出会って……その果てに、何があるのかを見届けて。どんな困難が立ち塞がっても大丈夫。あなたの勇気と、決断を信じているわ」
ぼくは、お婆ちゃんにそこまでして貰ってようやく覚悟を決めた臆病者だった。
「うん……行ってくるよ」
……でも、だからこそ、この覚悟は壊れない。
翌日、旅の用意をしたコフィアさんが家を訪れた。その目はぼくの『覚悟』を問 うていた。冒険者となり、魔境コルドロンに挑む事の意味を。
覚悟を示す為、ぼくは手合わせを望んだ。勝つ可能性は万に一つも無いだろうけれど『諦めない、進み続ける意志』 を示す為に。
背負った剣はお婆ちゃんに預け、鍛錬で使っていた木剣を構える。コフィアさんは抜いた剣を丁寧に荷物の上に置き、留め具を外した鞘を手にして無造作に佇むのみ。
「それで、いいんですか」
流石にムッと来たぼくの言葉に、彼女はなんてことの無いように言う。
「これは慢心ではなく、余裕…と言うのです」
「なら……!!」
ぼくは裂帛の気合とともに剣を振りかぶり、次の瞬間には空を見上げていた。
手と腹が痛い。木剣がカランと音を立てて転がった。何をされたのかわからない。
「終わり…でいいでしょうか?」
その程度なのか。問い掛けられている。
「──ッ!! まだまだぁ!!」
そこからはよく覚えてない。彼女は『巧い』剣士だった。剣も、体術も、魔法も、勝つためならなんだって使う。何度も転がされて、何度も起き上がって、何度もぶちのめされて。
精根尽き果てて倒れ伏したぼくに対して少し汗ばんだ程度で疲れた様子も見せず「これなら、大丈夫ですね」と言うと、背中と膝裏に手を回してきてひょいと抱き上げた。
「ちょっ、あっ」
土の匂い。汗の匂い。そしてミルクのような甘い香りが彼女からはした。
ともすれば同年代の女の子よりも身体の起伏には乏しいけれど、女性だということを感じさせる柔らかさが確かにある。
顔に熱が集まるのを感じたけれど、ぼくの身体は疲労で言う事を聞いてくれなかった。そのままお婆ちゃんに案内されて自室に連れてこられ、優しくベッドに下ろされて毛布をかけられると、フッと意識は薄れていった。
その後、夕方に目を覚ましたぼくを待っていたのはコフィアさんと、彼女の使い魔? らしいアシュテルトさんという女の子と、お婆ちゃんと、沢山のご馳走だった。
お婆ちゃんやぼくがお母さんの事を話すのをコフィアさんは食事の傍ら興味深そうに聴いていたけれど、途中うつらうつらと船を漕ぎ始めたと思ったら、「あつい」と一言、あっという間に着ていたシャツを脱ぎ捨ててしまった。
冒険者とは思えない真っ白な肌が視界に飛び込んできた。シンプルな下着を身に着けていたから大事な所は見えなかったし、アシュテルトさんが慌ててシャツを引っ掴んで着せ、お婆ちゃんがぼくを目隠ししたのでじっくりは見ていない。
町の子供たちや母さん達とは一緒にお風呂に入ったことがあるし、裸だって見たことはある。
だけど、なぜか胸のドキドキが止まらない。
次の日になってもぼくはコフィアさんの顔を直視出来なかった。困らせてしまっただろうか。
そして、出立の時。
色々な人が見送りに来てくれた中、人混みをかき分けて出て来たのは幼馴染で妹分のモカだった。
モカにはぼくが冒険者を目指すことを反対されていた。挨拶回りの時だって「コナーなんて知らない! バカ!」と半ば喧嘩別れになってしまったし、心残りはあったけれど、仕方ないかと諦めていた。
「わたしも! 冒険者になるから!! コナーを守るから!! 待ってて!!」
モカは涙を堪えた笑顔で宣言した。ぼくがそれに答えると、周りの人達が何だか生温い視線を向けてくる。
あと、コフィアさんはモカの事が気になったのか、彼女やその両親と少し話していた。もしやこのままついてくるのでは、と思ったけれど「まだ時期尚早…ですね。けれど、迎えに来ます、必ず」と 約束していた。モカは魔法が得意だから、それに目をつけたのかもしれない。
ぼくは故郷を後にした。
「コフィアさん、ぼくの師匠に、先生になってもらえませんか」
歩き始めて少し。そうお願いすると、彼女は何か考えを巡らせるように遠くを見て、やがて「いいでしょう」と頷いた。
「……モンスターの群れに襲われても、無傷でモカさんを守り切れる。その程度には…強くなってもらいます」
の、望むところです。先生。
◆ ◆ ◆
「で、何か言い訳はありますかエロガキ」
「もうひわへほはいはへん」
川岸の砂利の上にボコボコにしたクソガキを正座させる。なんでこんなのをマスターは弟子にしたのか……理解に苦しみますね。
「アシュテルト、それくらいに」
「黙っていて下さい。マスターも恥じらいは無いんですか?」
「別に…それに子供で…」
「オスザルですよ。貴方の裸を見て股間をギンギンに勃起させていた発情期のね」
「お年頃だし…仕方ない」
「なんでそんなに理解があって寛容なんですか……」
ため息しか出てこない。マセガキは顔を覆って「いっそ殺して……」と世を儚んでいるし、マスターはよく分かっていないのか首を傾げている。
私が……私がしっかりしないと。
TS転生オリ主が必死になって推しの死を回避する話 丹羽にわか @niwaka0141
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