4‐12.恋ではない何か

 それからルェイビンはラーストチカを饗花宮の中にある寝室へ連れて行って、長い時間をかけて口づけをした。

 結果的にルェイビンとの口づけは、先ほど食べた牛骨のスープの匂いがわずかに香るものになった。


 ルェイビンはそう小柄でもないラーストチカを軽々と抱え上げ、綺麗に整えられた髪やドレスを気にも留めずに身体に触れる。


 抱き上げられたラーストチカもまた白くなめらかな腕を伸ばして、ルェイビンの鍛えられた背中や首を指でなぞった。


 甘苦い息苦しさの中で、体温と鼓動をより強く感じる。きつい抱擁にかき混ぜられ、今る場所もわからなくなりそうなのに、どこかに冷静な自分がいた。


(私は一応大帝に嫁ぐ妃のはずなんだけど、神様に捧げる供物に手を出してもこの人は困らないのかな)


 ルェイビンの硬いくちびるに口を塞がれながら、ラーストチカは薄く目を開けてその青い瞳に男の姿を映した。


 宴のその日まで大帝と接する機会はないとはいえ、ラーストチカは王の花嫁となる身なのに、その臣下の男と恋人同士のように睦み合っている。

 あらためて考えてみると少しおかしな状況だとも思ったが、しかし途中でその行為を止める理由はなかった。


(だってそう、料理人は素材の味を確かめるものでもあるし)


 強引に、ラーストチカは大雑把で雑な納得をする。


 ルェイビンの腕はラーストチカとは別の生き物のように太く鍛えられていて、身体もラーストチカが知っている異性よりもずっと大きくて力強かった。


 まるでおとぎ話の野獣との口づけのようだとも思ったが、魔法はとけることはなく、ルェイビンとラーストチカはそのままの姿でそこに在り続ける。


 やがてルェイビンはくちびるを離して、火にかけた鍋の中身を見るときと同じ具合で、腕の中のラーストチカの反応を見た。


 ぼんやりとしているような、冴えているような、ラーストチカははっきりしない気分のままでいる。

 ラーストチカは自分とルェイビンのことではなく、遠い昔の姫君と屠殺人の物語のことを考えていた。


「さっきのお話。お姫様のことを愛していた屠殺人が殺すふりをして逃してあげたとか、そういう続きはありませんか?」


 食むようにしてルェイビンの耳に口を近づけ、ラーストチカは小さな声でふと思いついたことを尋ねた。


 するとルェイビンは大きな手でラーストチカの頭を掴んで撫でて、低い声でささやいた。


「それは、おとぎ話がすぎるだろう」


 ルェイビンはラーストチカの望みには従ってくれるけれども、決して同意はしない。

 最後は人が死んで終わる現実についてしか、ルェイビンは語る言葉を持たないのだ。


 だがラーストチカは、死を望んだ姫君が生き延びてしまうような結末こそが、現実であるような気がしていた。


(恋した屠殺人に自分の肉を捌いてもらったお姫様の方が、よっぽどおとぎ話が過ぎると思うけど)


 ラーストチカは心の中では言い返したが、声にはせずにルェイビンの腕の中で身体を丸めた。


 結局のところ屠殺人に殺された姫君の物語はおとぎ話であり、本当の想いも、現実に起きたことかどうかも、誰にもわからなかった。


(私とルェイビンだって、全部説明できるわけじゃないからね)


 ラーストチカは目を閉じ、かえって一人でいる気分になって、ルェイビンの身体の温もりに全てを預けた。


 ただの戯れから始まったものだから、くちびるを重ね見つめ合ったとしても、ラーストチカとルェイビンの得たつながりは純粋な愛にはきっとならない。


 しかし二人の間には、生殺与奪だけでは説明できない、特別な何かがあるはずだった。

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