4‐8.帝国の人々

 ラーストチカは石の階段を下り、建物の外に出た。

 そして木の柵で囲まれた城の前の広場に立ち、城の護衛とともに迎えを待つ。


 薄く曇った雲越しに太陽が弱々しく光を注ぐ、冷え込んだ昼だった。


 しばらくすると広場には、物見台のついた門を通って騎馬兵と荷馬車が並んで入って来た。


 古城にやって来た大嘉帝国の兵士たちは大柄で髪を結い上げていて、魚の鱗のような鎧を着て大きな黒い馬に乗っていた。

 スヴェート公国の風習では男性が髪を結い上げることはないので、それは不思議な光景だった。


 兵士たちは皆一様に表情に乏しい顔をしているので、兜を被った姿はどれも同じ人物に見える。

 しかしその行列の中からラーストチカの前へと進み出たのは、他の兵士とは違う褐色の肌をした、金髪の端整な顔立ちの美青年だった。


「はじめまして、イストーリヤ公女殿下。犠妃ぎひとなるあなたを帝都にお連れする、搬贄官が僕です。どうぞ、よろしくお願いいたします」


 華やかなで立派な文様の入った裾の長い衣を纏った青年は、綺麗な発音のスヴェート公国の言葉で、ラーストチカがなりかわっている公女の名前を呼んで挨拶をした。


 搬贄官というのは帝国が支配する国々で生贄となる少女を選び、帝都の皇城にいる大帝のもとへ運ぶ役職なのだと、ラーストチカは以前教えられていた。

 犠妃というのはラーストチカのような立場にいる生贄の少女のことで、大帝に娶られる花嫁であると同時に食される食材でもある者として、丁重に扱われる神聖な存在であるらしい。


(だから私は普通のお姫様以上に、特別にしてもらえる)


 ラーストチカは事前に習った知識が間違いではないことを、青年のうやうやしい態度で確認したうえで堪能した。


「何だか、普通に素敵な殿方なのですね」

「世にも恐ろしい大男じゃなくて、残念ですか?」


 搬贄官という奇妙な役職に就いている人物が整った外見であることが意外で、ラーストチカは感想を率直に述べた。

 すると青年は、自分が容姿に恵まれていることに自覚的な微笑みを浮かべる。


 ラーストチカは手袋をはめた手を上品に組み、青年の冗談に答えた。


「少し、期待外れだったかもしれません。でもあなたのような格好良い方が迎えに来てくれて嬉しいですよ。搬贄官殿」


 わざと甘えた声でラーストチカが青年を呼ぶと、青年もまた妙に気取った口ぶりでお礼を言った。


「それは誠に、ありがたいことです。僕は公女様のお美しさにこそ、驚きましたよ」


 ごく自然に値踏みをするように、青年はラーストチカを見つめる。

 外交辞令が混ざってはいても言葉に嘘はなく、青年の深い藍紫色の瞳はラーストチカの美しさをそれなりには認めているように見えた。


(ちゃんとお姫様として、綺麗だと思ってもらえて良かった)


 逆に本当の自分になれた気持ちで、ラーストチカは頬を染める。

 ラーストチカは青年の視線を受け止め、内心かなり満足していた。公女という立場は偽りでも、褒められた容姿は嘘ではないはずだった。


「では公女様は、こちらの馬車にどうぞ」


 青年は優雅にラーストチカの手をとり、豪奢な金張りの外観の馬車に案内した。


 細かな飾りに縁取られた扉の向こうへと、ラーストチカは導かれる。

 その車内は上等なクッションと毛皮が敷かれており、じっとしていても暖かく座るのが楽な柔らかさの造りになっていた。


(ちょっと狭いけど、居心地は悪くはなさそう)


 白いショールにしっかりと包まり、ラーストチカは小さな宮殿のような座席についた。

 外では城の護衛の兵士たちが、神妙そうにラーストチカが馬車に乗るのを見ていた。


 馬車の扉に手をかけながら、青年はラーストチカに声をかけた。


「揺れに酔って気持ちが悪くなったら、すぐに御者に言ってくださいね」

「はい。そうします」


 体調を気遣ってくれる青年の言葉に、ラーストチカは素直に頷いた。

 生贄を健康なまま運ぶのが、搬贄官という役職に就いている青年の仕事だった。


 やがて扉の閉められた馬車は鞭を打つ音とともにゆっくりと動きだし、他の荷馬車や騎馬兵とともに城を囲む木製の柵の門を越えて進む。


 飾り窓を覗けば外は仄暗く、鈍い色の空と白く凍てついた大地の景色が流れていた。


 薄汚れた古城の姿もそのうち地平線の彼方に消えて、ラーストチカは遠く見知らぬ国へと運ばれていった。

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