4‐7.宝石付きの手袋

 古城での生活を続けて半年以上たったころには、ラーストチカはすっかり姫君らしい身のこなしと言葉遣いを身につけていた。


 よく食べたおかげで背がすらりと伸び、ほどよく肉もついたラーストチカの姿は、どこからどう見ても健やかで美しい公女だ。


 こうしてラーストチカが立派に成長したところで、大嘉帝国からの使者が古城に迎えに来る日がおとずれる。


「これならまあ、公女様の代わりになれるんじゃないかね」


 薄暗い古城の一室で、教育係の老女がラーストチカの耳に金色のカフスをつけながら頷く。


「ありがとうございます。きっと素敵な衣裳のおかげです」


 装飾品が付け終わるのをじっと待ち、ラーストチカはお礼を言った。


 ラーストチカは帝国に出発するにあたり、やっと本当に豪華な衣裳を着せてもらっていた。


 引きずるほどに裾が長い藍白のドレスは金糸の刺繍で細かく縁取られたもので、その上には真っ白で滑らかな絹のショールを羽織る。

 胸元は色とりどりのビーズを重ねたネックレスで飾り、組紐を編み込んで優雅に結い上げた銀髪の上には、乾燥させた花で作った冠が被せられた。


 さらに真っ直ぐな意志を秘めた顔には目を縁取るように化粧が施されて、凛としたまなざしと肌の白さを華やかにひき立てる。


(私は、本当にお姫様になったんだ)


 自分の瞳の色と同じ青色の宝石が散りばめられた手袋をはめた手を眺めて、ラーストチカはうっとりと息をついた。

 シルクの手袋はさらりと手触りがよく、ドレスもショールも軽くて暖かい。


 最後は殺されることと引き換えの姿だとわかっているからこそ、ラーストチカは自分がきらびやかで高貴な装いをしていることが嬉しかった。


 あまりにも喜びでいっぱいで、農奴に生まれた自分が本物の公女の晴れ舞台を奪ったことが、申し訳ないような気さえしていた。


(本物のお姫様らしく振る舞うのなら、生贄なんか嫌だって思うべきなのかな。でも国の役に立って死ねるのなら、それが誇りだって考えることもあるか)


 ラーストチカは、自分がこれからなりすます存在のことについて考えてみる。

 しかし結局のところは、会ったこともない本物の考えることは想像もできない。


 教育係の老女は最後の仕上げに良い匂いのする水を、ラーストチカの髪や首につけてくれた。

 ラーストチカはその香りによって、さらに堂々と美しくなれた気がした。


 そしてちょうど身支度が全て整え終わったころに、語学の先生の老人が呼びに来る。


「帝国の搬贄官はんしかん様のご一行が、もうそろそろいらっしゃる時間だ」

「かしこまりました。そちらに向かいます」


 ラーストチカは姫君らしい言葉遣いで返事をした。


 その一瞬、幼なじみのスーシャが最後に言った、お前は農奴だという言葉が頭をよぎる。


 しかし今のラーストチカには、公女になりきれるかどうかについての不安はなかった。

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