4‐6.古城での教育

 それからは特に問題はなく、ラーストチカは村にやって来た迎えの馬車に公女の身代わりとして乗った。


 スヴェート公国は貧しい国だったので、大公が用意した馬車も、その行先の古城も、ラーストチカが想像していたよりもずっと質素だった。


 特に古城は石造りで重々しい雰囲気があるものの、ラーストチカの村とそう変わらないくらい辺鄙な土地に立っていて、広さは村長の家とそう変わらなかった。

 そのうえその古城は本来は高貴な罪人を幽閉するための場所だったらしく、今はほぼ打ち捨てられてそこらじゅうに蜘蛛の巣がはっていた。


 しかしラーストチカはいかにも陰気で不幸そうな歴史を感じさせるその建物が嫌いではなかったので、かえって前向きになって古城の雰囲気を楽しんだ。


(これはこれで、無実の罪で酷い目にあってる可哀想なお姫様みたいで素敵じゃないかな)


 すっかり悲劇の姫君になりきった気分で、ラーストチカは履きなれない靴を履いて石の床の上を歩く。


「もっと足音を小さく、一歩一歩をなめらかに」


 その歩き方を見て注意するのが、長年公女の教育係を務めてきたという老女だった。

 年老いてはいても姿勢良く立つ老女はラーストチカに、厳しく礼儀作法を叩き込んだ。


「はい、気をつけます」


 やる気は十分にあったので、ラーストチカの飲み込みは早かった。


 教育係には老女の他にもう一人老人の男性がいて、大嘉帝国の言語や文化を学ぶ授業や、公国の歴史や家系図を学ぶ講義をしてくれた。

 大嘉帝国の言葉は文字や発音は難しかったが、文法はそれほど複雑ではないので習得は順調に進んだ。


 またさらに老女は、ラーストチカの食事にも指図をした。


「あんたは顔は公女イストーリヤ様によく似てるが、やせすぎだわ。もっと女の子らしく肉をつけなさい」


 ラーストチカは、故郷の村にいたときにはやせすぎだと言われたことはなかった。周りにはラーストチカ以上にやせて細い住民がたくさんいたからだ。

 しかし姫君を目指すにはやはり農奴の外見では貧相なのだろうと思ったので、老女の指摘には素直に従った。


「では毎日たくさん、お食事をいただきます」


 老女に教えられたテーブルマナーを守りながら、ラーストチカは今までの倍以上の量を一日二食で食べた。食べることは、嫌いではなかった。


 野菜を煮込んだシチューに茹でた卵、塩漬けの豚肉に大麦のパン。

 味付けは城の造りと同じで素朴でも、品数だけは毎日豪勢な食事だ。


 食用の豚のように、もしくは魔女に拾われた子供のように食べて肥えることで、ラーストチカは自分がただの姫君の身代わりではなく、化け物に喰われて殺される姫君の身代わりであることを思い出す。


(これで私も、美味しく食べてもらえるのかな)


 銀のフォークで肉を口に運びながら、ラーストチカはこれから待っている自分の運命に思いをはせる。


 王子と結ばれて幸せに終わる姫君の物語も、無残に殺されてしまう姫君の物語も、どちらもラーストチカは好きだった。

 だから異国を支配する化け物に食べられて死ぬのも、胸がどきどきするくらいに楽しみになる。


 それはきっと不幸な結末として語られるのだろうけれども、何も残らない退屈な死こそが不幸だと思うラーストチカにとっては十分すぎるほどに幸せな死に方に思えた。

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