3‐12.紅い花

 生贄として殺されるまでの日々を、シャーディヤはルェイビンの作った食事を食べ、将棋シャトランジを指して過ごす。


 シャーディヤが神であるとされている大嘉帝国の大帝シカンダルに対面するのは、どうやら死んで料理にされた後のことらしかった。


 シャーディヤはかつては王の玩具であり、今は異教の神のための食材であった。


 しかし可愛らしく健康であることが求められるという点においては、両者の間に違いはなかった。

 奴隷のシャーディヤは手折られた花のような存在で、自分の命以外に捧げられるものを何も持ってはいない。


 だから饗花宮で働く女官は、ザバルガドの王宮にいた女たちと同じように、毎日シャーディヤを清潔に洗って綺麗な服を着せた。

 シャーディヤが人生を終える前日もまた、女官たちはそうする。


 その日シャーディヤが衣裳部屋で着せられたのは、帝国が西の国のどこかから略奪してきたと思われる深緋の長衣エンターリだった。

 袖も裾も長めにゆったりと仕立てられているものであり、上部から下部にまで施された刺繍は白金色で、緻密な花や蔦の文様が描かれている。

 またさらに房と宝石の飾りのついた腰紐を結んでできるひだは美しく、艶のある落ち着いた色の生地は、シャーディヤの白い肌をなめらかにひき立てた。


 淡い金髪は香水が振られて三つ編みに編んでまとめられ、その上には長衣エンターリと同じ深緋の薄絹と彫金のビーズを連ねた飾りが被せられる。

 眉には眉墨が、口には口紅がひかれ、大人と子供の狭間にいる少女の可愛らしい顔は薄く上品に彩られた。


 仕上げには、手足の爪が赤い染料で染められ、魔よけの意味を込めて左手の甲には花が描かれる。

 それは生贄として死ぬ妃にふさわしい、神聖で華やかな装いだった。


 だから夕食に呼びに居室に来たルェイビンは、着飾ったシャーディヤを見ると、しばらく沈黙した後に口を開いた。


「お前は本当に、可愛かったんだな」


 まるで初めて対面したかのように、ルェイビンはシャーディヤを改めて上から見下ろしていた。


 シャーディヤは、何を今さら、一体ルェイビンはこれまでどこをどう見ていたのだろうと思った。

 だがシャーディヤは皮肉は教えられたことがない奴隷であるので、素直に褒め言葉を受け取り喜ぶふりをした。


「お褒めいただき、ありがとうございます。お食事の用意はどちらですか?」

「今日は特別だから、外の縁側に用意してある」


 居室に呼びに来た目的を思い出したルェイビンは、扉の外にシャーディヤを連れ出す。

 ルェイビン自身は普段通りの鴉青色の衣と袴を着ていて、後ろ姿は何度見てもたくましかった。


 そしてシャーディヤはルェイビンの案内に静かに従って、他の部屋へと続く檐廊に出た。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る