3‐11.盤上遊戯

 翌日、ルェイビンは本当に、将棋シャトランジの盤と駒をシャーディヤの居室に持ってきた。


 盤は粒金細工の飾りがはめ込まれた黒檀で、白い駒は象牙、赤い駒は紅玉で出来た、贅沢な一式である。


 相手は将棋シャトランジには心得があったらしくルェイビン自身で、食事の用意をする合間に来てくれた。


 大嘉帝国においてルェイビンは、神に仕える料理人であると同時に、神の嫁ぐ少女の望みを叶えてくれる存在でもあった。

 その神はシャーディヤの信じる神様とは違うけれども、シャーディヤは自分とルェイビンの関係そのものは受け入れた。


 外の池がよく見える開けた窓のある部屋で、二人はお互いに向かい合って凝った木細工の椅子に座り、円卓に置かれた盤を挟んで駒を進めた。


 しかしルェイビンはシャーディヤに比べれば劣った指し手であったので、勝利することは一度もなかった。


王の死シャーマート、です」


 シャーディヤが澄んだ声で王手をかけると、ルェイビンは深くため息をついて盤面を見た。


「ああ、ないな。俺の負けだ」


 多少は腕に自信があったのか、ルェイビンはそれなりに残念そうな顔をしていた。

 そしてルェイビンは本当に感心した様子で、まじまじとシャーディヤを見つめた。


「これだけの将棋シャトランジの才能を持っているのに、死ぬのはもったいないな」


 そう言ったルェイビンの目には、無責任な同情が宿っていた。


 殺すのはルェイビン自身であるのに、とシャーディヤは心の中でつぶやく。

 だがシャーディヤは従順に育てられた奴隷であるので、なかなか気の利いた返しを言うことはできなかった。


「私が持つ技術の全ては、私を愛してくれる誰かのために習得したものです。だからその誰かがいなければ、もういいんです」


 シャーディヤは敵陣のシャーの駒を手に取りながら、正直なところを答えた。


 するとルェイビンは、特に負い目などは感じていなさそうな表情で、あっさりと頷いた。


「まあ、それもそうか」


 ルェイビンは一切シャーディヤを気遣うことなくまた盤面を見て、対局の振り返りを始めた。


 かしずいて望みを叶えるふりをしながらも、ルェイビンはいずれ死ぬシャーディヤをぞんざいに扱う。


 その無神経さにシャーディヤは、自分が間違いなくこのルェイビンという男に殺されることを実感していた。

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