3‐4.王と妃
「お前が、ムスアブが用意した女か。俺もお前も、男と女と言うには幼すぎるが」
背伸びした口調の、不安定な高低の少年の声が、優雅に弧を描くアーチ状の天井の部屋に響く。
その赤い唐草模様を壁一面に描いた寝室の中央に置かれた、透彫の金の装飾が施された天蓋付きの寝台の上に、新王のイスハークは坐っていた。
まだ十四歳であるイスハークは背も伸びきっていないやせた少年で、声変わりもまだ完全に終ってはいないようだった。
着用している
髪や爪の隅々まで着飾ったシャーディヤは寝台の傍らに立ち、作法に従って名前を名乗った。
「はい。シャーディヤと申します。足りないものがたくさんあるとは思いますが、精一杯国王陛下にお仕えしたいと思います」
シャーディヤは嘘偽りのない気持ちで微笑んだ。
そしてあらかじめ習った通りに
白く小さなシャーディヤの足の甲は宝石のついた鎖で結ばれた足環と指輪によって飾られ、燭台の明かりによってきらめいていた。
寝台はシャーディヤが何人載っても余裕がありそうなほどに広く、敷かれている寝具も最高級のもので肌触りがなめらかだった。
イスハークは自分が年若く権力のない、名ばかりの王であることをよく理解しているらしく、諦めた顔でため息をついた。
「お前を愛して、政治は忘れろと。ムスアブは俺に言っているんだな」
シャーディヤから距離をとり、イスハークはけだるそうな様子でかぶりを振る。
さっそく自分の役割を果たすべきときが来たと思ったシャーディヤは、イスハークとの距離を詰めつつ、顔を覗き込んで妃としての気持ちを語った。
「あなたが私をどう思うかはわかりません。でもあなたがどんな王であれ、私はあなたのことをきっと好きになります。私はあなたの、初めての妃ですから」
シャーディヤはイスハークの人柄についてまったく知らなかったが、どんな人物であるにせよ王は王であるのだから、妃は王を笑顔にしなければならないと思った。
そのためにまずは、自分は無条件に全てを肯定していると、学んで覚えた言葉で好意を伝える。
そのシャーディヤの真っ直ぐさを無知によるものだと考えたらしく、イスハークは目の前の少女の編んで結った金髪を冷えた手で撫でた。
「俺のような力のない傀儡の王の妃になるとは、お前も不幸な奴隷だな」
そのイスハークの声は、まだ若いのに力がなかった。
イスハークは誰かに所有されることでしか生きていけない奴隷のシャーディヤを憐れみながら、国を統べる王でありながら他人に人生を任せることしかできない自分も憐れんでいた。
しかし他方でシャーディヤは、自分は神様に祝福された可愛らしい子供であり、たとえ相手がイスハークのような立場の弱い者であったとしても、王の妃に選ばれた自分は他の奴隷よりもずっと幸せなのだと思っていた。
だからシャーディヤは、自分の髪に触れる褐色の手を自分の手で包んで首を傾げて、再度イスハークに微笑みかけた。
「陛下。私は服従しか知りませんが、誰かに従い続けるのが嫌だと思ったことはありません。神様に与えてもらった幸運のおかげで、私はあなたに会えました。あなたの安らぎのために、私がお役に立てるのなら、それはとても幸せなことです」
シャーディヤの白い手の下にあるイスハークの手は、指の長い男らしい硬さのある手だけれども、一人の王としては小さかった。
こうして触れ合うことでやっと、ほんの少しだけは声を届けられた気がした。
やや長い沈黙を挟み、イスハークはシャーディヤを寝台にそっと倒して手を離し、掛布団を掛けて囁いた。
「そうか。俺がお前に安らげば、お前が幸せになるのなら、俺は王としてお前に安らぎを感じるべきなんだな」
そしてイスハークはたどたどしくシャーディヤの額に軽くキスをして、自分も添い寝の形で横になる。
シャーディヤを見つめるイスハークの表情は、明るくはなかった。
しかしその顔に浮かぶ諦めは、先ほどまでのものとは種類が少々違っていて、目にはかすかな優しさが宿っていた。
イスハークに向かい合って身を寄せ、シャーディヤもまた持てる限りの優しさを集めて琥珀色の瞳で相手を見る。
「ありがとうございます、陛下。私も頑張ります。あなたの幸せが、少しでも多くなりますように」
鈴のように澄んだシャーディヤの声は、小声のつもりでも高い天井の部屋によく響いた。
イスハークは無言で、シャーディヤの小さく柔らかな身体を布団の上から腕で抱き寄せる。
人に触れることに不慣れな様子のイスハークの腕の中にしっかりと収まって、シャーディヤは目を閉じた。
十四歳の新王と十一歳の妃の夜は、ただ二人眠るだけで過ぎ去った。
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