3‐3.望まれた役割

 奴隷として売られて五年後に、シャーディヤは十一歳になった。


 淡い金色の髪はより豊かに、白い肌の美しさはそのままに、シャーディヤは顔立ちはやや大人びて、華奢な身体もだんだんと女性らしさを帯びてきた。


 素直な子供であったシャーディヤは、人に愛されることだけを目指すように教えられればそう育ち、いつも笑顔でいるように言われればそう努力した。

 もしも人を殺すことが使命なのだと教育されたのならば、シャーディヤは立派な殺人者になっていただろう。


 シャーディヤは奴隷として、神様や他人に全てを預けていた。

 優秀な奴隷が解放される慣例もあるのだが、それは極めて稀なことであるらしかった。


 こうしてシャーディヤは主であるムスアブが求めた通りに、王の妃になる少女としてひたむきで純粋に成長した。


 その年は半ばにベルカ朝では、まだ若かったヌウマーン王が病で死んだ。

 ヌウマーン王には王子が二人いたが、どちらもまだ赤子であったため、後継ぎには先王の子として幽閉されていた十四歳の王弟イスハークが選ばれた。


 死んだ王の妃は後宮ハーレムから旧王宮エスキサライに追いやられ、幼い王子たちは血統を守るためだけに幽閉される。


 イスハークの政治的な後見人であるムスアブは、新王が決まるとすぐにシャーディヤを邸宅の広間に呼び出した。


「シャーディヤ。お前は新しいイスハーク王の最初の妃となり、後宮ハーレムに入ることが決まった」


 壁沿いに置かれた椅子に座り、ムスアブはテーブルに載った金貨の枚数を数えながら、シャーディヤに言った。


「光栄なお役目、誠にありがとうございます。ご主人様」


 ムスアブの前に立つシャーディヤは、五年前よりも随分賢くなった顔で、明るく朗らかに返事をする。

 考えていたよりも後宮ハーレムに入るのは早かったが、ヌウマーン王が不慮の死を遂げたからだろうと、不思議には思わなかった。


 ムスアブは手にした金貨の傷や汚れを確認しつつ、シャーディヤに王の妃としての務めを説いた。


「お前の役割は、傀儡の君主となる新王陛下の心を慰めることだ」


 どうやらムスアブは、年若くまだ未熟なイスハーク王には権力を与えず、今後も自分が政治的に優位な立場に座り続けるつもりでいるらしい。


「とにかくお前は、王に愛されればそれでいい。お前はまだ幼いが、相手の王も十四歳だからかえってちょうど良いだろう」


 ムスアブは小柄なシャーディヤを、一瞥して言った。


 シャーディヤはまだ大人ではないので、すぐに世継ぎを生むことはできないだろう。

 だからムスアブが望んでいるのは、傀儡の王を現実の政治に触れさせないための玩具として振る舞うことであった。


「はい、かしこまりました。ご主人様」


 シャーディヤはごく簡単に、頷いた。新王イスハークがどのような人物であるのか、シャーディヤは知らない。


 だがすべては神様の思し召しであるので、シャーディヤは何も不安もなく、従順に生きれば自分は幸せになるのだと信じていた。



 こうして風が爽やかなある秋の日に、シャーディヤは十一歳でベルカ朝の後宮ハーレムに入った。


 ベルカ朝の首都ザバルガドは、三重の城壁と四つの城門を備えた円城の都市である。


 都には官吏だけではなく、商人や職人、学者など、様々な生業の者が住んいた。

 だから幾つもの通りに店が軒を連ねる市場には世界中の商品が集まり、図書館や大学ではあらゆる本の翻訳と研究が進められた。


 都市の中央に位置する王宮はとても壮麗で巨大な建物で、ドーム状の屋根に貼られた緑色のタイルが微妙な光の加減を作り出し、まるで大きな宝石のように輝いていた。


 王の署名が刻まれた王宮の門をくぐった時点で、シャーディヤの所有者はムスアブから王に代わるが、シャーディヤが奴隷であることに変化はない。

 だからシャーディヤが王の妃になるのだとしても、その手続きは淡々と大がかりなことはなく進められた。


 背に合わせて小さめに仕立てられた薄青色の長衣エンターリに透かし織の面紗を合わせて身に着けたシャーディヤは、ムスアブが用意した馬車によって王宮に運ばれ、宦官による検分を受けて後宮ハーレムに入った。


 普通ならば、まずは後宮ハーレムにいる大勢の女性の内の特別な一人として、王の目にとまらなければ妃にはなれない。

 だがシャーディヤは大宰相ムスアブの用意した最初から特別な女奴隷であったので、入浴や着替えを経るとすぐに、寝室で若き新王であるイスハークと二人っきりになることができた。

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