2‐6.黒髪に金の櫛

 ハルティナが船に乗り帝国へ旅立つことになったのは、ディティロと二人で会ってから一か月後のことだった。


 和平交渉についての他の臣下との話し合いで忙しいのか、それともわざと避けているのか、ディティロは出立の日までの一か月間ハルティナとはほとんど顔を合せなかった。


 こうして何事もないまま迎えた当日は、空も海も青く一つに広がる晴れた日だった。あまりにも陽射しが強い天気だったので、ハルティナは別れを惜しむには暑すぎるような気もしていた。


 今日が最後の仕事になる侍女は、主がいなくなる屋敷の一室で、ハルティナの髪を普段よりも時間をかけて梳いてくれた。

 侍女は金製の櫛を手にしながら、ぽつりとつぶやいた。


「国王陛下にとって帝国の属国になることは、王女様の命よりも大事なのですね」


 それは今までの日々と変わらぬ召使いの言葉を装ってはいたが、冷え冷えとした国への失望と、ハルティナへの切実な思慕を滲ませていた。


 ハルティナは侍女の言う通り、ディティロが自分にしている仕打ちはひどすぎると思っていたのだが、思ったままに言うことはやはりできなかった。


「王国のためにこの身を役立てることができて、私は満足している。だからあまりディティロを悪く言うな」


 髪を侍女に任せたまま、ハルティナは取り繕った綺麗事でディティロを擁護する。


 その理由はディティロの立場を慮っているからではなく、ディティロを責めれば自分の負けを認めることになるような気がしていたからだった。

 ハルティナは黙って殺されるしかない自分の自尊心を守るために、ディティロの強いる犠牲を正当化していた。


 髪を梳く侍女は何も言わず、顔色も変えない。


 ハルティナが本音を決して言わないことを、侍女はよくわかっていた。

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