2‐2.青の都

 襲ってきた海賊を返り討ちにし、その生き残りを捕縛した後に、ハルティナの船団は聖都に入った。

 ほとんどの兵士には休息が与えられ、多少手傷を負った者は施療院で手当を受けた。


 瑠璃色の巨大な神殿を中心に、真っ青な建物が整然と並ぶ聖都は、王国中で最も美しいとされている場所である。

 神殿を訪れる参拝者相手の商売も盛んで活気があり、広々とした通りには宿や土産物屋が立ち並んでいた。


 大きな祭りの日を前にして、土地の住民ではないであろう人々も大勢歩いて見学している。

 初めて聖都に来た経験の少ない兵士は、建物を見上げて驚き続けた。


「誠に聖都は、天上の国のようなところなんだな」

「一体どんな染料を使ったら、このように青い壁になるんだろうか」


 兵士たちは言葉を尽くしても尽くせない様子で、神々に愛された聖都の美を語っている。


(この景色を毎年見ている私だって綺麗だと思うのだから、初めて見た者はなおさらだろうな)


 何度も来ているハルティナもまた、船着き場に降り立った眼前に広がる聖都の美しさにはやはり息を飲んだ。


 だが外観は荘厳な都であっても、そこに住む住民たちは神ではなくただの人であり、王女であるハルティナを一目見ようとする人々の顔は呑気だった。


 船着き場で見物人に囲まれながらも、ハルティナは景色を楽しんだ。

 そうしているうちにハルティナの側に、一人の見習い僧の少年が駆け寄ってきた。


「聖都にようこそおいでくださりました、王女様。老師はあちらでお待ちです」


 黒髪を真っ直ぐに切り揃えた少年は少し緊張した顔をしながらも、しっかりとした態度でハルティナを歓迎した。


「わかった。お前が案内してくれるのだな」

「はい。左様でございます。王女様」


 ハルティナが頷いて少年を見下ろすと、少年ははにかんで受け答えた。


 こうしてハルティナは側に残っていた兵士とも別れて、少年と共に神殿に併設された客殿へ向かった。


 客殿は神殿の参拝や儀式にやって来た王族や一部の豪族をもてなすためにある施設で、古びた情緒のある神殿とは違う、真新しくて綺麗な建物だ。


 聖都にいる人々は皆、海賊を討って来たハルティナをちょっとした英雄として迎えた。神殿や客殿で働く巫女や僧侶も、ハルティナに王女に対するものだけではない敬意を払った。


 だから客殿で待っていた神官の老人も、ハルティナに会うなりその武功を褒め称えた。


「さすがハルティナ王女は、武神と謳われた先王様の御子でございますね」

「別に、賊よりも我々の方が強かっただけだ」


 風通しの良い開放的な一室に置かれた籐の椅子に神官と向かい合って座って、ハルティナは見習いの少年が淹れた甘茶を飲む。

 案内された部屋は神殿の高い階層にあって、欄干に囲まれた縁側からは全ての建物が真っ青に塗られた聖都の鮮やかな街並みを一望できた。


(父上はここ聖都でも、まだなお深く慕われているのだな)


 ハルティナは一昨年に亡くなった、父である先王の姿を思い出す。

 武勇に優れた王であったハルティナの父は、裏表のない気性で臣下からも民からも愛されていた。そのため男勝りなハルティナも、父王似の才気ある王女として好かれている。


 幼い頃は、父親に似ていると言われると嬉しかった。だから剣も弓もよく学んで、父のように強くあることを目指していた。


 しかし大人になった今は、結局自分は王にはなれないのだから、父に似て王にふさわしい風格がある評価されても意味がないとハルティナは思う。


 父王の話題から話をそらすため、ハルティナは天板に獅子が彫られた木製の卓に茶器を戻して、舟を襲った海賊について付け加えた。


「とはいえ賊がたいしたことのない連中だったとしても、帝国との関係の有無を明らかにするための尋問は必要だ」


 ハルティナは捕らえた賊の生存者から情報を引き出すように、配下の兵士に指示を出しておいていた。


 チャンティク王国は現在、海の向こうの大陸に本拠地を置く大嘉ダージャ帝国の侵略を受けていた。

 大嘉帝国は世界の半分を支配しているとも言われる、非常に広大な土地と強大な軍事力を持った国である。


 そのためハルティナの従兄弟である国王ディティロは、帝国軍を撃退するために王都から軍を指揮していた。


 元々牧畜の民の国である帝国は海戦はそれほど得意ではないが、豊富な財力を使って地方勢力の懐柔を図っていたので、海賊と繋がりを持っていても不思議ではなかった。


 だが神官の老人はハルティナの言葉に、それほど差し迫った危険を感じていなさそうな様子で頷いた。


「ここは帝国の本陣からは遠く離れた、女神エレウニアの加護のある土地ですが、近頃は物騒なうわさもありますからな」


 真っ白な白髪と髭で半分顔が見えない老人の声は戦の話をしていても穏やかで、眺めの良い欄干から吹き抜ける風は涼しくて居心地が良い。

 見習いの少年もその部屋の隅で、ハルティナを見てにこにこしていた。


 この聖都に住む老人と少年たちが持つ悠長な平和さに、ハルティナは少々の苛立ちを覚えつつも言葉を飲み込んだ。


(たとえ国難のときだとしても、この聖都で儀式をこなすことが、私の務めらしいのだ)


 戦火が王国を迫っていても、ハルティナは自ら剣を振るって国を守ることはできなかった。


 戦争は男がするものであり、ハルティナは王の子であっても男ではない。


 女に生まれたハルティナは、遭遇した海賊を打ち倒す程度の功績で褒め称えられ、満足しなければならなかった。

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