1‐12.花の冠を被って

 それから寝て夜が明けたとき、ギュリは帝都に輸送される当日を迎えた。夕焼けのように雲が赤い朝だった。

 朝早くから来てくれた叔母に手伝ってもらいながら、ギュリは化粧をして正装に着替えた。


 離れの部屋に準備した鏡台の前に座り、白粉を塗って眉墨がひく。頬と額には紅で丸を描き、くちびるも口紅で赤く塗る。


 用意された衣裳は本来ならば王族の女性が婚礼に着る華衣ファルオッと呼ばれるもので、緋色の絹に牡丹や蓮の花や実の文様が色鮮やかな糸で縫われていた。

 特に背面に施された花鳥紋の刺繍は非常に細やかで、背の高いギュリの後ろ姿を優美に飾った。白い付け袖がつけられた幅広の袖は長く、緋色と藍色の二枚を重ね着した裳の裾は金色の刺繍で縁取られている。


(微妙な身分の私がこんな偉い人みたいな服を着ても許されるんだから、犠妃になるってすごいことだね)


 手鏡に映る自分の顔を、ギュリはかえって冷静な気持ちで眺めた。くせのないギュリの端正な容貌は、豪華な衣裳を着ればそれなりに立派にはなった。

 房付の布を巻いて垂らした儀礼用の簪で三つ編みに結った髪を髷としてまとめ、頭上に色とりどりの造花で飾られた花冠を被った晴れ姿は、手間をかけただけあって美しい。


 だが同時に装いがあまりにも華やかすぎるので、ギュリは自分が道化であるかのような気分にもなった。


(どこから借りてきたのかあんまり聞いてなかったけど、この髪につけた布ひとつで私が染めた布の何十倍もの価値があるんだろうな)


 ギュリは鏡を覗きながら、簪に巻いた真珠や珊瑚が縫い止められた布を指でいじった。

 滑らかな絹の衣は肌触りは良い反面、下着から何重にもきつく重ねて着ているためにとても動きづらい。


(もう、あんなに日が高い)


 ギュリは部屋の円窓から、空を見上げた。

 朝早くから準備をしていたはずだったが、全てを身に着けたときにはもう正午に近い頃合いになっている。


 慣れない服装に落ち着かない気持ちでいると、部屋を出ていた叔母が膳を持って戻ってきた。


「まだ迎えの時間までは少しあるから、一口くらいは食べるかい?」

「もらうよ。ありがとう」


 空腹を感じていたわけではなかったが、ギュリは叔母がよそった粥を食べた。せっかく塗った口紅がとれてしまわないように、普段よりも小さな匙でゆっくりと口に運んだ。


 帝国の迎えの馬車が到着したと兄が知らせたのは、ギュリが粥を食べ終え器が空になったころのことだった。

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