1‐11.別れの夜

 やがて搬贄官の男から文が届き、ギュリが帝都に送られる日取りは正式に決まった。

 ギュリを帝都に輸送する馬車が到着し出発することになる日の前日は、母屋に家族全員が集まっていつもよりも豪華な食事をした。


 妹が世話をしていた鶏も二羽ほど縊り殺され、茹で卵と一緒に食卓に並ぶ。

 韮や生姜などの薬味を入れた味噌を詰め、鍋で蒸した鶏肉は、父の後妻が作ってくれためったに食べられないごちそうだ。


 その正月よりも豪華な食卓に、ギュリの弟たちは普段以上に熱心に食事に夢中になった。


「にわとりって、うまいんだな。俺これ、毎日食べたい」

「俺も食べたい。姉様だけじゃなくて兄様も出世したら、毎日食べれるかな」


 状況を理解しているのかしていないのか、弟たちは身も蓋もない願いを口にしながら鶏肉にかぶりついていた。


「たまごもおいしいけど、おにくもおいしいんだね」


 普段鶏に餌をやっている妹も、とても可愛がっていたはずの存在の肉をあっさりと食べる。


(確かに、久々に食べたけど鶏肉は美味しい)


 ギュリは弟妹ほど露骨ではないにしろ、蒸した鶏を手づかみでよく食べた。


 中に詰められた麦味噌のコクのあるしょっぱさは淡泊な味わいの鶏肉を風味豊かに味付けし、じっくりと蒸したことで繊維もやわらかくなっている。

 味噌に刻み入っている韮はほんのりと甘く、すりおろした生姜の辛みで後味良く食べることのできる仕上がりだ。


 家族の人数で分けるとあまり量はなかったが、蒸した鶏肉はギュリの住む土地では最上級のご馳走だった。


 この料理を作った父の後妻は、ギュリからは遠い席で子供たちのために茹で卵をむいていた。それはギュリがこの先一生なることのない、母親の姿だった。


 他方、兄は別れの食事のわりに神妙さに欠ける弟妹達の様子が多少は気になったのか、鶏肉の中の味噌を白米に載せつつも注意を促した。


「これがギュリと食べる最後の夕飯なんだからな。よく考えて食べるんだぞ」


 ギュリに待っている未来を一番よく理解している兄は、この食事が本当のところは重い意味を持っていることを知っている。


 長兄の妹への一応の配慮に、家長である父も言葉をつけたす。


「うん。そうだな。明日はギュリが大帝様のもとへ旅立つ、とてもありがたい日だ」


 父はあくまで、帝国への感謝を強調した。


 しかし父や兄がいくら食事を意義深いものにしようとしたところで、弟妹はただご馳走を食べることしか頭になかった。

 何よりギュリ自身が別れの意味をあまり深く考えられていないのだから、それは当然のことだろう。


(もしかすると、お祝いのご馳走のために殺された鶏が、一番私のこれからを考えさせてくれるのかも)


 骨についた肉の欠片を食べながら、ギュリは鶏の一生について考えた。

 神の宴のために殺され食べられる未来が待つギュリにとって、鶏の死はそう遠いものではない。


 鶏肉はギュリを満腹にはできない量しかなかったが、命は奪われるためにあるという教訓は与えくれていた。

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