1‐10.鶏卵
搬贄官の男はまずは使者としての役割を果たすと、輸送の準備を整えに灑国の王都へ戻っていった。
村に残されたギュリは、迎えがくるまで帝都に旅立つ用意をして待つことになる。
とはいえ犠妃を帝都に送るという一大行事の準備は村を挙げて行われたので、かえって本人のギュリはやることがなかった。
衣裳の試着以外には呼び出されることもなく、ギュリは普段とそう変わらない雑事をこなす。
(やりたいことなんか普段からないんだから、最後にやりたいこともないんだよね)
庭に面した板の間で、ギュリは天日干しを終えた梅染めの布を市場で売れるようにきれいに巻いていた。
ギュリが染めた薄紅色の布は、職人が染めたものに比べれば見劣りする。それでも麻布のさらりとした手触りはこれからの夏の季節に合うから、悪くはない値段で売れるだろうとギュリは思った。
外を見てみると、庭では妹が鶏たちに餌をあげている。鶏たちは妹が撒いた餌を、熱心につつく。それはかつての幼いギュリが、牛の世話をしていたのに似ていた。
しかしギュリの母亡き後に父が若い後妻に産ませた妹は、ギュリと違って愛らしい表情をする子供だった。
「ねえさま。にわとりさんは、なんでもたべてえらいねえ」
ギュリよりも十歳ほど年下の妹は、籾殻を混ぜた餌を鶏に与えながらギュリに話しかけた。ギュリから見える妹の背中は小さくて、自分も十年前は同じ大きさだったとはとても思えない。
「そうだね。好き嫌いがないのは偉いよね。私も籾殻食べてみようかな」
あまり妹を可愛いと感じたことがないギュリは、染めた布を巻きながら気のない返事をした。
だが妹は話しかけたはなから自分の言ったことを忘れたらしく、二人の会話は成立しなかった。
「じゃあにわとりさん、たまごをもらうね」
鶏が餌を食べている隙に、妹は庭の鶏小屋から卵を拾う。
妹は鶏を可愛がっていたが、対価を得ることも忘れてはいなかった。
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