1‐2.貢物の準備



 それから二人は牛を外に出し、牛舎の掃き掃除を行った。

 掃除が終わった後は、帝国に献上する貢物を運ばせるために牛に荷台をつなぐ。


 なぜ異国の役人に貢物を納めるのかというと、それはギュリたちが異国に支配されている国の民だからである。


 ギュリの村がある極東の小国・灑国は大陸の端に位置しており、北の国境を大嘉帝国という大国と接し、残りの三方を海に囲まれていた。


 大嘉帝国は大陸中央の荒野に住む牛飼いや羊飼い出身の傭兵たちが建てた国で、あるとき一人の男が神を名乗って主を殺し、自分たちの国を築いたのがはじまりだと言われている。

 八歳の子供であるギュリには難しい話はわからないが、その帝国は世界の半分を支配するほどに、とにかく強大な国になったらしい。


 百年ほど前に大嘉帝国の兵が攻めてきたとき、小国であるさい国はほとんど反撃することもできずに敗北した。そして次々と城が攻め滅ぼされていくのを目の当たりにした灑国の王は、自国を大嘉帝国の属国として存続させることを決断し、異国の行政官に国土を統治されることを受け入れた。

 灑国と灑国王は帝国に服属した。だから灑国の民であるギュリたちも、帝国の役人には頭を下げて丁重にもてなすのだ。


 やがて牛に荷台をつなげ終えたころに、ギュリの父親が貢物を運ぶためにやってきた。


「準備してくれて、ありがとうな」


 父親は二人の働きをねぎらうと、手綱を手に荷台の縁に座って、ぴしゃりと牛に鞭を入れた。牛はゆっくりと歩きだし、禿げはじめた父親の後頭部が牛の歩く速さで遠ざかる。


「じゃあ、行ってくるわ」

「うん。いってらっしゃい」


 ギュリは隣村へと向かう父親を、手を振って送り出した。

 使用人の身分であるヨンウォルは、ギュリよりもかしこまった言葉で、主を見送っていた。


 それからギュリとヨンウォルは、一日中農事の手伝いをした。

 父親が隣村の貢物を荷台に載せて帰ってきたのは、日が傾き夕暮れが近くなった時分である。


 日中の作業を終えたギュリとヨンウォルは牛を牛舎に戻し、二回目の餌を彼らに与えた。


「きょうも、よくがんばってくれたね」


 重い荷物をひいて疲れた様子の牛を、ヨンウォルはいたわるように撫でていた。


 朝には明るかった牛舎が夕闇に包まれ、やがてとっぷりと暗くなる。


 牛舎を出たギュリは、両手を上げて背伸びをした。


「ふう、おなかがすいちゃったな」

「牛たちのつぎは、ぼくたちがごはんを食べる番だね」


 後ろから着いてきたヨンウォルが、ギュリに頷く。


 そしてギュリとヨンウォルは自分たちの食事にありつくために、足早にそれぞれの家屋へと帰った。

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