第613話 寧々さん、お義さんを押し付けられる
天正10年(1582年)7月下旬 武蔵国江戸城 寧々
隠居問題は取りあえず先送りにして、数日経つと……ついにお市様がやってこられた。
ただ、行列が近づくにつれて、元々抱いていた嫌な予感が強くなってくる。「米沢に文句を言いに行く」と伝え聞いたその言葉が……原因となって。
「寧々~!会いたかったわ!」
「お、お市様!?」
そして、出迎えに玄関先まで出ていたところ、いきなり輿から降りるなり抱き着いてこられたお市様にわたしは困惑するが、それよりも輿がもう一つあり、そこからゆっくりと出てきた女性の存在に注意が向いた。
「あの……そちらはどなたさまで?」
「お義と申します。出羽米沢城主伊達左京大夫(輝宗)の元妻にて……」
元妻!?一体何があったのだろうか。まあ、十中八九、お市様に起因しているのだろうとは思うけど、お義殿の表情も暗いし、その辺りの事情はこのような玄関先で聞くようなものではないだろう。わたしは二人を部屋に案内した。
「それで……元妻というと、左京大夫様に離縁されたということですか?」
「はい……そのとおりにございます」
項垂れるお義殿の隣で、お市様が苦笑いを浮かべながら「実は……」と事情を捕捉された。だが、その事情とやらは、聞けば聞くほど頭が痛くなってくる内容だった……。
「……つまり、初からお市様に宛てられた手紙を持って左京大夫様に付きつけられたら、その瞬間、問答無用で伊達家を守るために切り捨てられた……そういうわけですか?」
「はい……」
「そ、そうなのよ、寧々。そりゃあ、わたしも初が苛められていると聞いて、頭に来て乗り込んだんだけど、まさかお義殿を離縁するなんて思わないじゃない。ホント、酷い話よねぇ……」
「まあ……お市様は上様の妹君で、初は姪にあたりますからね。左京大夫様が伊達家を守るために、そう決断されるのも仕方がないかもしれませんね……」
信長様を知っているわたしたちの感覚ならば、話し合って解決を目指せば問題ないように思えるが、遠き出羽にいる左京大夫様にとって信長様は、伝え聞くだけの存在だ。ゆえに、「もし、この事が上様のお耳に入れば、ただでは済まない」と思ってもおかしくはない。
「しかし、離縁されたのはわかりましたが、それなら戻られるべき場所は、ご実家の最上家なのでは?」
「……兄からも絶縁されました。上様に睨まれるような真似をするような女は、最早妹でも何でもないと申されて……」
「それは酷いですね……」
「そうなのよ、寧々。それでね、一つお願いがあるんだけど……」
うわぁ、とっても嫌な予感がする。どうせ、わたしに引き取れとでもいうおつもりなのだろう……。そして、それは見事に的中した。
「お願い、寧々!わたしも、少しだけ責任を感じているのよ。だから、助けると思って、このお義さんの面倒を見てくれない?」
拾ったのはお市様なのだから、このまま越前に連れて帰って欲しいとわたしは本音ではそう思った。しかし、連れて帰ったら長政様が手を出しかねないと心配されるのを見て、受け入れざるを得ないという結論に達した。
何しろ、お義殿はわたしと同い年ではあるが、見た目は若くて奇麗なのだ。後の揉め事を防ぐためには、仕方がなかった。
「そういえば、お市様。わたしの方からも一つご相談が……」
ただ、このままやられっ放しで終わるのも悔しいので、わたしは例のお江ちゃんを四郎様に嫁がせる話をすることにした。この話は帰り道の途中で安土に寄った際にすでに信長様にもお話して、「市さえ良ければ、認める」という言質を取ってある。
だから、ここで「うん」と頷きさえすれば、縁組は成立の運びとなる。しかし……
「まあ……わたしのお願いを聞いてもらったから、反対するわけにはいかないけど……このお話って、うちの殿にもしてあるのかしら?」
「あ……」
今更ながらではあるが、その事を失念していたことを思い出して、わたしはこの話を一旦引っこめるしかなかった。ただ、お市様は福居に帰り次第相談して、返事をくれると言ってくれた。
ならば、縁組は成ったも同然だ。長政様がお市様に逆らえるはずなどないのだから……。
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