第611話 信長様は、九州征伐の論功行賞を議論する(後編)

天正10年(1582年)7月上旬 近江国安土城 織田信長


忠元には忠三郎と与一郎を対抗馬にする事を決めて、次は他の者たちの人事を行う。まずは、事実上の副将となり、肥前・筑後を平定した権六についてだ。


「柴田殿からは、降伏した龍造寺の者たちを召し抱える事で恩賞にして貰いたいと申し出がありましたが……上様、如何なさいますか?」


「久太郎、龍造寺の跡取りは凡庸な男であったな?」


「忍びからの報告によれば、そのようですな」


「ならば、それは認めてやれ」


「はっ!」


「だが……それでは、権六の功績に対する褒美としては少なかろう。五郎左、そなたはどう思うか?」


「御意に存じます。それゆえに、武衛殿同様に官位を引き上げては如何でしょう」


なるほど……。権六はすでに播磨・但馬で64万石を得ておるから、それ以上の加増は好ましくないという事か。


「相分かった。ならば、権六の官位は正四位上中務卿とせよ。その上で信忠の評定衆に加えて、筆頭とするのはどうか?」


「それは妙案かと。武衛殿や忠三郎殿の上に居る事で、大樹様の政権は一層盤石なものになろうかと存じます」


「では、権六についてはそのようにいたせ」


「「「畏まりました」」」


皆がこれで了承したことで、次は九州の国割に話は移る。そこで俺は、筑前に三七(神戸信孝)を入れる案を披露した。織田姓に戻して、関東に送った四郎と共に織田家の有力な分家とするために。


「丸々一国をお与えになられるのであれば、52万石となりますな。そうなれば、北畠様が文句を言われるのでは?何で自分の方が兄なのに、領地が少ないのだと……」


「三介には、忠元の領地となっている長島領以外の伊勢を与えてやれ。それなら、石高はおよそ50万石だ」


「それでもまだ負けているので文句を言われるかと……」


「ならば、官位は三介を上にせよ。奴を正四位上参議兼左近衛中将、三七は正四位下右近衛中将。あとは……やつも織田姓に復し、御三家の筆頭と位置付けてやればよい」


「御三家……ですか」


「そうだ。伊勢の三介、筑前の三七、下総の四郎で、信忠の織田本家を支える体制とするのだ。毛利の言葉ではないが、4本も矢があれば、そう容易くは折れまい?」


それでも折れる時は来るかもしれないが、だからといってやらないよりかはマシだろう。それに、もしかしたらそのうちの1本くらいは残るかもしれないし……。


「その他の国割だが……」


豊後の大友には、裏切らなかった功績を評価して、日向北部2郡6万石を加増だ。また、高城の戦いで活躍した伊東には、日向南部3郡のうち12万石程度を与える。残る11万石と大隅17万石は伊勢から弟・三十郎(信包)を送り、南九州の要とする。


そして、肥後と筑後は伊予から又左を遷す。多少の失敗はあったようだが、奴も頑張ったのだ。合わせて91万石か。ちょっと多いかもしれないけど、別に構わないか……。


「いや、構わなくはないでしょう……」


「左様左様。筆頭家老の柴田殿でさえ、64万石なんですから……いくらお気に入りとはいえ、家中の均衡を考えたらダメでしょう……」


「今度は『上様の衆道政治』とかいう薄い本が出ますよ……?」


うぬぬぬ……ここまで反対されるとは、仕方がない。薄い本も出されたくないし……。


結局こうして、又左は肥後一国のみの58万石とする。続いて筑後は33万石で内蔵助(佐々成政)に与えることを決めた。これには反対意見は上がらない。


「残るは肥前ですが……こちらは?」


「肥前は直轄地とする。その代官として、池田と滝川を送る」


「なるほど……例の計画を進めるための準備ですな」


ちなみに、きちんと俺が頼んだ準備をすれば、あとで大名に戻してやるつもりだ。すでに二人には話をしているため、頑張ってくれるはずだ。


「さて、これで片付いたな……」


「お待ちを。只今の国替えにより、空いた国が出ました。それについても決めなければなりませぬぞ」


「左様。特に薩摩を焼き払った森武蔵守殿の恩賞は非常に大なれば、如何様になさるおつもりで……?」


はぁ……頭を使ったから、早く金平糖で癒されたいと思っていたが、仕方がない。


「勝蔵には備前28万石を与える。これで50万石だ。あと、毛利には備後を返してやれ」


「備後には、不破殿と金森殿がおりますが……」


「両名は伊予へ国替えだ。温泉郡を中心とした北部6郡12万石を不破に、宇和郡を中心とした南部4郡20万石を金森に。そうだ……あと、長宗我部も従軍しておったな?」


「はい。戸次川では負けましたが、その後の日向攻めでは挽回されましたな……」


「ならば、伊予東部3郡7万石をくれてやれ」


「畏まりました。そのように取り計らいましょう」


うんうん、これで今度こそ終わりだな。さて、金平糖を……。


「そういえば、羽柴殿は如何なさいますか?戸次川で同じ失敗をした又左殿や長宗我部殿が加増なのに、何もないわけには……」


はぁ……そういえば、そうなるな。ただ、すでに55万石を与えているし、これ以上大きくすると家中のやっかみが一層激しくなって、あやつの為にもならぬだろう。ならば……


「筑前には、名物をいくつか下賜して『御茶之湯』を許そう。また、倅共々官位を引き上げ、筑前は従四位下左京大夫、倅小一郎は従五位下筑前守としよう。それならどうだ?」

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