第604話 新五郎は、招かざる客を迎えて

天正10年(1582年)6月上旬 山城国伏見 斎藤利治


「殿、三徳斎殿がお戻りになられました」


部屋の外からそう聞こえて、俺は部屋を出て広間へ向かう。どれほど集まったかはわからないが、我が家の家財道具をほとんど売り払って資金を工面したのだ。浪人たちをそれなりに連れてきているはずだった。しかし……


「な、なな……」


広間に居たのは、確かにそれなりの人数はいた。だが……その先頭に立つ方々のお顔を拝して理解が追い付かなくなる。何でここに於次丸様や関東管領様、それに目障りな女狐が座っているのか……。


「ふふふ、驚いたようですわね」


「東郷局……様」


「今夜の夜更け過ぎか明日の未明に、林大和守の旧臣たちがこの屋敷を襲撃してくると伺いまして、天下の為に加勢に参りましたわ」


天下の為だと……一体、この女狐め、何を企んでいる?


「殿!金を積んでも、浪人たちは我らに加勢してはくれません!」


だけど……そんな風に疑う俺に、三徳斎が窮状を訴えたのだ。京でも堺でも、浪人を集めようとしたが、誰も求めに応じてくれなかったと。だから、この援軍を有難く受けるべきだと。


「いくら理想があっても、死んで花実は咲かないわよ?」


うるさい。そんな事はこの女狐に言われなくてもわかっている!くそ……やはり仕方ないか。俺はこの援軍を受け入れることを決めた……いや、決めるしかなかった。


「じゃあ、早速だけど……わたしたちを歓迎する祝宴をお願いね?」


「なに?」


「あら……もしかして、ただで助けてもらえると思ったのかしら?家財道具を売った金がたんまりあるでしょ。それで、誠心誠意わたしたちを持て成しなさい!」


なんだ、このいきなりな要求は!確かにこちらは切羽詰まっているが、横暴が過ぎるのではないか?しかも……今夜にでも敵が襲ってくるかもしれないというのに、非常識すぎるぞ!


「承知いたしました。すぐにでもご用意を……」


「おい!三徳斎!?」


「……殿。ここで皆様に手を引かれたら、明日の朝には首になるやもしれぬのですぞ。つまらぬ意地などお捨てなされませ」


「うぬぬぬぬ……」


くそ!反論できない。確かにその通りだ。ああああ!もういい!それなら、やるしかないか!


満足そうに笑みを浮かべる女狐には腹立たしくも思うが、こうなったら仕方がない。やがて始まった宴で、俺も酒を煽った。ああ、美味い。久しぶりの酒は、五臓六腑にしみるわ!


「そういえば、謹慎中なのにお酒飲んでよかったのかしら?新五郎ちゃん」


「うるさい!」


人の家で無理やり酒盛りを強要したくせに、今更何を言うのだ。この女狐は!腹が立って、一層酒が進んだ。だが、こうなると中々楽しい。慶次郎殿の猿踊りも見事だ。


「……というか、新五郎ちゃんはやめて頂きたい!」


「ええ!大樹様にお布団の中でそう呼ばれて、可愛がってもらっているのでしょ?照れなくてもいいじゃない!」


「それも、アンタらの仕業だろうが!ホント、ムカつく!浅井家なんて、滅びたらいいのに!」


「ふふふ、その前にあんたの家が滅びそうだけどねぇ!」


「うるさいわ!」


……いかん。どうやら、飲み過ぎて口が軽くなってしまったようだ。こんな女狐でも、俺よりもずっと高貴な女。口の利き方には気を付けねば……。


「すみません、些か口が過ぎました。ご無礼をお許しください」


「いいのよ!今日は無礼講だから気にしないで、新五郎ちゃん!」


だから、新五郎ちゃんはやめろと言っているのに……。そう思っていると、東郷局様が別の所に行った隙に、関東管領様が「迷惑をかけて済まぬな」と詫びてきた。


「これは……畏れ入ります」


「だが、この機会にわかってもらいたい。あれは、天下に野心などないただのお節介が過ぎるおばさんだ」


その時、「誰がおばさんよ!」……と、猛烈な勢いで飛んできた扇子が関東管領様の後頭部に直撃して、痛そうになされる事態が発生したが、それでも空いた俺の杯に酒を注ぎながら、その政元公は今回の加勢について、裏の事情を話された。


それはすなわち、孫の代に戦乱の種を残したくないから、世を乱す行いは許さないという東郷局様の決意を……。


「ゆえに、これを機会に我らを過剰に警戒するのはやめてもらいたい」


なるほど……此度の加勢の真意は、その事を俺に理解させることだったというわけか。俺は頂いた杯に口を付けながらそう判断する。無論、だからといってすぐには頷いたりはしないが……警戒が過剰過ぎたのかもしれないとは思わないでもない。


それゆえに、今回の騒動を乗り越えて大樹様の下に復帰したならば、もう一度浅井派閥への対応については再検討しようと心にきめるのだった。


「それじゃあ!ねねたんの樽酒一気飲み!はじめちゃいますね♪」


しかし……ふと思う。こんだけ飲んでこの人たち、戦えるのか?

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