第600話 忠元は、九州征伐を終える

天正10年(1582年)5月下旬 日向国都於郡城 斯波忠元


今、目の前に頭を丸めた島津修理大夫(義久)が平身低頭、俺に向かって頭を下げている。島津はこれにて降伏するという事で、それはすなわち、この九州征伐の終わりを意味していた。


「何卒、武衛様のお力で寛大なご処置の程を……」


ああ、わかっている。修理大夫は不安そうにそう申したが、これから俺の力になって貰うために、約定を違えたりはしない。


薩摩一国の安堵——。


まだ上様の承諾を得ていないから公に口にするわけにはいかないが、以後、俺に臣従することを条件に幕府に強く求めるつもりだ。まあ、俺自身の加増と引換えにすると言えば、文句は言われないだろう。それ程までにこの島津の力は魅力的なのだ。


ただ……やはり公にはできない話なので、薩摩を含めた暫定的な戦後処理は行わなければならない。まず、修理大夫に全島津軍に対して城の明け渡しと武装解除の指示を出す事、加えてこの都於郡城内にて謹慎を命じて下がらせる。


そして、この場に集いし諸将に対して島津領への進駐について沙汰を下す。


「薩摩は羽柴殿、大隅は長宗我部殿、肥後は前田殿にお任せしたいと思います。如何でしょう。異存はありませんか?」


お三方とも異論は上がらない。もちろん、これは正式に幕府から新たな国割が決まり、新領主が赴任するまでの処置であるため一時的なものだ。国替えではないため、それほど真剣にはなられない様子が窺える……。


「伊東民部大輔(祐兵)殿!」


「はっ!」


「貴殿には、旧領であるこの日向を一先ず任せたい。なお、先だっての高城攻略における活躍は見事であったゆえ、一国丸ごととはいかないまでも、この日向でそれなりの領地が貰えるように上申するつもりだ。左様に心得て、預かってもらいたい」


「承知いたしました。万事お任せください」


この伊東殿は前田殿の客将だ。旧領への復帰に対する強い推薦があったので、顔を立ててこの人事を行う事にした。今述べたように手柄を立てたのも事実だし……。


但し、島津によって国を失った遺恨を晴らそうと、この都於郡城で謹慎する修理大夫に意趣返しをしたら、この話を流すと釘は刺してある。まあ、余程のアホではない限り、これで大丈夫であろう。次は、北九州の沙汰だ。


「柴田殿からの書状に寄れば、筑前は蒲生殿に任せているようだ。特に不都合は生じていないため、これを追認したい。異論はあるか?」


本音を言えば、何かと突っかかってきた男なので、俺個人としては悩むところだが、あくまで暫定的な処置と思うことにした。諸将からも反論はないようなので、この話はそのまま進める。


「肥前は柴田殿が入られているのでそのままにして……豊前は大友殿に預けたいと思うが如何に?」


領地として与えるわけではない。あくまで一時的な預かりだ。だから、貰えるものと勘違いして、嬉しそうにしている宗麟殿には少し悪い気がした。


ちなみに、豊前は周防・長門と共に徳川殿に賜る様に上申しようと思っている。無論、今までの領地をすべて手放しての国替えだが、石高はこれで60万石になるのだから文句は言わないはずだ。


父との友誼を思えば、徳川殿が我らを今更裏切るとは思えないので、我らとしてはこの人事で馬関海峡を抑えるつもりである。


「それでは、ここまでで異論がないようであれば、俺は明朝にもこの都於郡城を発ち、上方に戻って諸将の功績を上様並びに大樹様に報告しようと思う。追って論功行賞が発表される故、一同楽しみにされて、残りの任務を全うしてもらいたい。よろしいかな?」


「「「「はっ!」」」」


うんうん、いい返事だ。これでこの九州での仕事はお仕舞いだな。ならば……次は上方だ。


喜兵衛の倅たちからの書状では、林の残党共は、6月2日未明に斎藤新五郎の屋敷に夜襲を仕掛けるらしい。隣地の北畠様は、細川殿に招かれてその日は丹波に行くことになり、留守にしているから成功する見込みは高いと記されていた。


つまり、俺が京に入ったころには、新五郎の奴はめでたく三途の川を渡っているはずだ。

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