第599話 寧々さん、宇喜多家の国替えを知る(後編)
天正10年(1582年)5月中旬 備前国岡山城 寧々
「この度は、倅・平四郎が寧々様に大変なご無礼を働きましたる段、誠に誠に申し訳ございませんでした!!」
未来の裏切り者・坂崎直盛をボッコボコのギッタンギタンにして、今度こそわたしを裏切ればどうなるかを体に思い知らせてやった翌朝、父親の七郎兵衛殿が謝罪に訪れた。もちろん、手ぶらではない。詫びの印として、酒樽を3樽持参している。
まあ、本音を言えば、このわたしをババア呼ばわりしたのだから、せめてあと50樽は必要な気もするが、ここは亡き和泉守殿の顔を立て受け入れることにした。
「それで、上総へのお国替えは受け入れるおつもりで?」
政元様がそうお訊ねになると、七郎兵衛殿は「はい」と答えた。やはり、納得は行かなくても、幕府の命令には逆らえないと判断したらしい。
「しかし、昨日のご子息ではござらんが、納得していない者も大勢いるのでは?」
「それは……そうかもしれませんが、何とか納得させるしかありません。まあ……何とかしてみますよ」
七郎兵衛殿はそう言われて、気丈に笑って見せようと試みるが、それが容易いことではないのは、去年同じ様に国替えを経験したわたしたちにはわかってしまう。うちの場合は、お市様を宥めるのが大変だったし……。
だから、わたしは何か力になれないかと考えてみた。『主上の御心』は使わないけど、何か良き方法はないかと……。
(あ……!)
その時、不意に目に入ったのは、四郎様のお姿だった。彼は織田家の御曹司として関東に行くことになったが、それは上様、大樹様の名代とも言えなくはない。
そんな彼に八郎殿が請われて、関東に行くという筋書きならば……宇喜多家の家臣たちは溜飲を下げて、もしかしたら納得させる材料にすることができるかもしれない。
「某が八郎殿の手を握り、頼りにしているから共に関東へ参ろう……と言えばいいのですか?」
「お願いできませんでしょうか、四郎様。お手間をお掛けして申し訳なく思いますが……」
「あ、いいですよ。面白そうだと思いましたので。そうだ!折角なので、八郎殿と義兄弟の契りを結ぶのもいいですね」
義兄弟か……。ならば、信長様の娘を八郎殿の嫁に迎えたら、丁度良いのだろうけど……できたら前田家の豪姫と結ばれて欲しいなと思っているので、悩ましい所だ。まあ、今はそんな所までは四郎様も考えていないようだし、これは保留だ……。
「それでどうかしら、七郎兵衛殿。宇喜多家としては、異存はない?」
「重ね重ねのご高配、かたじけのうございます。すぐに家臣たちを広間に集めますので、何卒よろしくお願いいたしまする」
こうして話はまとまり、七郎兵衛殿は部屋から出て行った。そして、そうなれば、我らの方も忙しくなる。
「ここは、四郎様が関東公方であるかのように印象付けるのが大事になります。そこで、管領様には四郎様の家老のような振る舞いでお望み下さい」
「まあ、元々兄上の補佐をやっていたからな。家老のような振る舞いなら楽勝だ。慶次郎……その場合は、衣装も控えめの物の方が良いか?」
「衣装は逆に派手な方がよろしいでしょう。その分、そんな管領様を従えている四郎様の格が上がりますし……」
「そういうものなのか?」
政元様は慶次郎に指導されて衣装選びを始められて、四郎様も同じように八郎殿との対面に備えて準備をすると言われてご自分の部屋に戻られた。傅兵衛殿を始め、彼の側近たちも後に続いた。
ただ、一人だけこの場に残っている者がいる。荒尾三左衛門だ。
「どうしたの?あなたは行かないの?」
「一つ、寧々様に確認したいことがありまして」
「確認?」
何だろうと思っていると、三左衛門は話を切り出した。今回の事を切っ掛けに、いずれ四郎様を旗頭に立てて関東で割拠、あるいは幕府に背くつもりがあるのかと。
「いやいや、何でそうなるの?」
「隠さなくてもよろしいではありませんか。某は賛成なのですよ?」
「え……?」
「四郎様を旗頭に関東で国を作る……いやあ、いいですな!夢があって。それでこそ、四郎様の側近に名乗りを上げた甲斐があるというものです!」
あれ?この三左衛門はてっきり幕府の犬かと思っていたのだけど、もしかして違うのかしら……。
ただ、今は確かめる術はない。警戒は緩めたりしないが、一応……意地悪は控えめにしておこう。
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