第596話 島津は、降伏を決意する

天正10年(1582年)4月下旬 日向国都於郡城 島津義久


連日、各地より知らせが届いてくる。だが、そのほとんどが……凶報だ。


「鹿児島は、夜襲を仕掛けた森武蔵守の軍勢により、城下の大半が焼け野原になり、また……多くの民が殺されて……」


城代を任せていた従弟の又五郎(島津忠長)からの書状によれば、老若男女、坊主、南蛮人を問わず殺されて、死者はおよそ1万近くに上るらしい。この前線に兵力を集中していたため、内城には左程の兵を残していなかったことが被害を大きくしてしまった。俺は思わず天を仰いだ。


「さらに、火は福昌寺にも燃え広がり、建物は大方焼け落ちたと……」


「なにっ!?」


福昌寺は我が島津家代々の菩提寺で、亡き父上の墓もある……我らにとっては大事な場所だ。そこが焼け落ちたと聞けば、心穏やかではない。我らの気持ちを代弁するかのように、弟の又七郎(家久)が激怒する。


「ゆ、許せん!兄者、鹿児島に戻って、その武蔵とやらの首を獲りましょうぞ!」


……まあ、気持ちはわかるが、森武蔵守とその手勢は日の出前に撤収したらしく、今から戻ったところで鹿児島にはいないのだ。そんな事もわからず、この一大事に勝手な事を申すなとこの脳筋に言いたい。


「しかし、殿……鹿児島が燃えたとなると……」


「ああ、兵たちは確実に動揺するな。いや……今でも動揺しているから、あまり変わらぬか?」


俺の言葉に右衛門大夫(伊集院忠棟)が眉を顰めたが、わかっている。皆がもし知れば、きっと家族の安否を心配するあまりに、我も我もと勝手に薩摩に帰り始めるだろう。そうなれば、軍を維持することも適わず、もういくさなど続けることはできない。


そして、そこにトドメとばかりにまた凶報が届く。高城で前田・羽柴の軍勢を迎え撃った弟・又四郎(義弘)の軍勢が大敗を喫して、こちらに向けて敗走しているということだった。


「無念であるが……やはり、降伏するしかないか」


「事ここに至れば、やむなき事かと。龍造寺もすでに下り、肥後も柴田勢が圧力をかけているせいか、特に相良などは裏切る気配があります。こうなれば、この地で一度や二度勝ったところで……」


そうだな。意味はないな。右衛門大夫の言葉に俺も完全に同意だ。


「ですが、降伏するとしても、果たして我らは許されるのでしょうか?」


又六郎(歳久)が疑問に思ったのか、その事を俺や右衛門大夫に問い質してきた。将兵が助かり、島津の血がのちの世に繋がるのであれば、俺は頭を丸めて隠居してもいいと思っているのだが……その事を伝えると又六郎は「甘い!」と言い出した。


「又六郎?」


「織田方からすれば、完全に我らを滅ぼすことができるいくさなのですぞ。兵の助命は兎も角として……我ら島津家を残す理由がございましょうや?降伏などすれば、十中八九……改易」


「か、改易!?又六郎……いくらなんでも、それは考え過ぎなのではないか?毛利は許されて安芸一国を安堵されたと聞いたが……」


「考え過ぎではございません。毛利は主上のお口添えがあったから助かっただけです。右衛門大夫、そなたもそう思うであろう?」


「はい……我らは朝廷への伝手がそれ程強いわけではありませんからな。今のまま降伏すれば、確実に我が島津家はお取り潰しになるでしょう。しかし、又六郎様。このまま戦い続けて、果たして勝ち目はございましょうや?」


「そ、それは……」


まあ……勝ち目がないからこそ、このような話になっているのだ。ただ……改易か。それはちょっとまずいなぁ。もしかして、腹を切れば、お情けを掛けてもらえるか?


「右衛門大夫、何とかならぬか?薩摩一国……いや、半国でもよい。交渉して来て貰えぬだろうか?」


「殿、それは……」


「何だったら、別の国でも構わぬ。頼む!俺はどうなってもいいから」


「……わかりました。薩摩半国、あるいは他国への転封もやむなしという事でしたら、もしかしたら受け入れてくれるかもしれません。これより、敵本陣を訪ねて、談判に及びましょう」


右衛門大夫は、仕方がないというような顔をして、俺の前から下がって行く。どうなるのかはわからぬが、もう選択肢など残っていない。あとは、寛大な処分になるように、願うしかなかった……。

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