第595話 勝蔵は、鹿児島でヒャッハーする

天正10年(1582年)4月下旬 薩摩国鹿児島郡 森長可


夜陰に紛れて錦江湾を船が行く。船頭の話だともうすぐ鹿児島の城下に着くらしいが、夜明けまではまだ時間がある頃合いなので、灯らしきものは何も見えない。


もっとも……灯は俺たちがこれから盛大につけるから、別に構わない。町はすぐに明るくなるだろうと思いながら、俺は兵たちを前に命令を下す。


「よいか!我らの目的は掠奪ではない。放火と殺戮だ。船が接岸したら、手あたり次第火をつけよ!そして……人を見たら、ひたすら殺せ!女子供、年寄り、坊主、南蛮人。例外なく有無を言わさず殺すのだ!よいな!!」


「「「「はっ!」」」」


俺も人の子の親であるから、希莉や勝千代と同じ年頃の子らを殺すのは心が痛むが、だからといって万福から頼まれた任務を疎かにするわけにはいかない。


それに精鋭とはいっても、我が方の兵力は二千を少し上回る程度。下手に情けを掛けて、それで体勢を立て直されて反撃に出られたら、たぶんやられるのは我らの方だ。気持ちをもう一度引き締める。


「よし!行くぞ!!」


「「「「「おう!!」」」」」


そして、船が接岸したのを合図に、俺は先頭に立って船から飛び降り、町に向かって走り出した。後からは同じ船に乗っていた百人余りの我が精鋭が続き、そのうち他の岸壁に接岸した船から降りてきた兵が合流して、手筈通り手近な家屋に火をかけていく。


「な、なんだ!?ぐああ!!」


「て、敵か!?な、なんでここに……ぎゃあああ!!」


島津家の居城・内城はこの港からそれほど遠くはない。やがて、城から兵共がやってくるだろうが、真っ先に犠牲になるのは、城下に住まう民たちだ。家が焼かれていることに気づき、このように飛び出してくる者もいるが、ためらいなく斬り殺す。


「お願いです!この子だけは……」


「かかさまぁ!!」


幼子を連れた母親が子の命乞いを……母を奪われた子が大声で泣きわめいても、俺は手を止めることなく首を刎ねる。一瞬、莉々や希莉の姿が重なったが、心を殺す技は習得済みだ。何も問題はなかった……。


そうしているうちに、ようやく島津の兵共がやってきた。数は200余りといったところで、それなら俺一人で十分であった。瞬く間に斬り殺して先に進む。


「我こそは、美作津山城主・森武蔵守なり!島津の武者はこの程度か!!」


島津の兵が現れたので、いよいよここからが本番と気合を入れて、俺は高々に名乗りを上げた。だが、これは逆効果だった。


「森武蔵って……もしかして、あの鬼武蔵……?」


「鬼吉川の兵数千をあっという間にあの世送りにした鬼の中の鬼という噂の……!?」


「勝てねぇ……儂らには無理じゃあ!」


「お、おい、どこに行く!?」


俺の名を知った敵兵は、誰も彼もが怯え、無慈悲にも殺戮されている民を見捨てて一人、また一人と算を乱して敗走し始めた。その姿は、豊後で前田殿と羽柴殿の軍勢を手酷く破った島津の兵とは全く思えない。それゆえに、俺はがっかりした。


「もう、このまま内城に攻め込むか?こいつらマジで雑魚過ぎるぞ……」


「しかし、殿。武衛様からは、城下を焼き討ちした後、日の出までには鹿児島から撤収するように命じられております。もうあと1刻(2時間)もすれば、空も明るくなるので、そこまでの時間は……」


半時(1時間)で城を落して火をかけて、残り半時で撤収する……そんな事も考えてみたが、内城がどのような城でどれだけの兵がいるのかがわからない以上、ちょっと無理だなという事は俺でも理解できる。


ならば……と、俺はそう進言してきた家臣の言葉に従い、あと半時これまで同様に城下で暴れた後、全軍を港に向かわせることにして、そう指示を下そうとした。


しかし……その時、不意に声が聞こえた。


「森武蔵殿!薩摩に人が居ないわけではないぞ!俺が相手だ!!」


見れば、俺と左程歳の変わらない男がいて……猛烈な勢いでこちらに向かって斬り込んできた。部下たちが咄嗟に前に出て盾になろうとしたが、これを容易く斬り捨てて、俺に迫った……。


「ぬ……中々の一撃。手がしびれたわ」


「へへ……それはどうも」


男の一撃を咄嗟に脇差で受けて、一度距離を取ってこちらも刀を抜く。面白い。こうでなければ、この薩摩に来た甲斐がないというものだ。


それから暫しの間、俺はこの男と楽しいひと時を過ごした。ホント、楽しかった。


だから俺は……この男を欲しいと思った。


「おい、分かっていると思うが、次の一撃でおまえはお仕舞いだ。だから、最後に名を教えろ」


「東郷藤兵衛だ」


「そうか。ならば、藤兵衛。次に目覚めたら……俺の家来になれ!」


「なに?」


「いいな!」


反論は認めない。俺は予告通り一撃を加えて、藤兵衛の意識を刈り取る。


「……人を見たら、ひたすら殺すのではなかったのですか?」


部下の一人が呆れるようにそう言ったのは聞こえたが、それはそれ、これはこれだ。敢えて無視して藤兵衛を担ぎ上げた俺は、そろそろ日の出も近い事もあり、全軍に撤収を命じた。


鹿児島の町は、盛大に燃え盛っている。成果を上げたのだから、これくらいの役得は許してもらえるだろう。

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