第593話 寧々さん、越前府中で旧交を温める

天正10年(1582年)4月中旬 越前国府中城 寧々


「ご無事のご到着、真に祝着至極に存じます」


出迎えに現れた次郎五郎がそう口上を述べたが、しばらく見ないうちに雰囲気が変わったなと思った。以前は、わたしの顔より胸元をすぐに見ていたというのにそれもないし、余計な軽口も叩かない。そして、何よりお触り無しで「どうぞこちらへ」とすぐに広間へ案内しようとする。


だから、わたしは思った。こいつは偽者だと。


「本物の次郎五郎はどこよ!痴漢をしない次郎五郎なんてありえないわ!まさかと思うけど、天海に殺されちゃったから影武者を……!?」


「ええ……と」


苦笑いを浮かべて誤魔化そうとしているけど、わたしは誤魔化されたりしない。「単におばさんになったから、痴漢の対象から外れたのでは?」……と、何か後ろから聞こえたけど、そんなはずはない。美容薬のお陰で10歳は若く見えるはずなのだから。


……っていうか、今のは誰?あ、荒尾三左衛門か。後でお仕置きが必要ね!


「まあ、兎に角積もる話は中で。皆様もお待ちかねですから」


ただ、次郎五郎(?)の言うのも尤もで、わたしは疑惑を一先ず脇に置いて、案内に従い広間に入った。すると、そこには香菜と阿国ちゃんがそれぞれに赤子を抱き、周りには天海、お陽さん、新九郎様……それに、どういう事かお江ちゃんが居た。


「叔母上、お久しぶりです!」


「久しぶり、お江ちゃん。もしかして、紗香ちゃんに会いに来たの?」


「はい!もう……とぉ~っても、可愛いんですよ!だから、来ちゃいました♪」


いやいや、あなたも十分可愛らしいわよと思いながら……そういえば、ここに居るはずの人が居ないことに気づいて、わたしはその事を新九郎様に訊ねる。即ち、お市様はどこに?……と。


「母上でしたら、実は今、出羽米沢に行っておりまして……」


「米沢?それって……もしかして、藤次郎君のために?」


「はい。何でも、御生母の義姫殿がいつまで経ってもご次男を跡取りにしようと、初姉上にも嫌がらせをしてくるらしく、母上が大激怒なされまして……」


それで、義姫殿が可愛がっている小次郎君が信忠様にとぉっても酷いことをされる薄い本を出羽までの道中でばら撒きながら、直談判に向かわれたとか……。


「あ……でも、帰りに江戸に立ち寄るとも申されておりました」


「そう……」


それを聞いて、わたしは江戸に帰りたくなくなった。きっと、愚痴や知りたくない話を一杯聞かされるはずだ。げんなりして、ため息が零れた。


「そういえば、叔母上。そちらのお方は?」


「ああ、こちらは……」


「越前守殿にはお初にお目に掛かります。織田四郎忠秀と申します」


「織田四郎?」


「上様の御四男ですよ。下総・古河城主になる事が決まり、わたしたちと行動を共にしているのです」


「これは……とんだご無礼を」


そして、新九郎様も改めてご挨拶をなされた。「浅井越前守信政にございます」と。ただ、この二人は従兄弟にあたるため、どうやらすぐに打ち解けた様だ。いつの間にか、わたしたちから離れて、何を話しているかはわからないけど、兎に角盛り上がっていた。


「楽しそうね」


「…………」


「お江ちゃん?どうしたの。ぼーっとして……」


「あっ!な、何でもありませんわ!四郎様のお顔なんて、わたし……見ていませんから!」


誰もそんな事は聞いていないのだけど、勝手に自爆したお江ちゃんは顔を真っ赤にして、部屋から飛び出して行った。ホント、わかりやすく可愛らしい姪だと思った。


(だけど……これは使えるかもしれないわね)


もし、お江ちゃんがこの初恋を実らせるために、四郎様に嫁がれたならば、関東織田家はうちの身内も同然だ。そうなれば、何か不都合な事をやらかしたとしても、伏見に知らせずにもみ消してくれるかもしれない。


それゆえに、お市様が江戸にお越しになられたら相談しようと、わたしはこのことを心に留め置くのだった。

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