第591話 寧々さん、安土城で於次丸を預かる(後編)

天正10年(1582年)4月上旬 近江国安土城 寧々


「於次丸改め……織田四郎忠秀と申します」


日を改めて、再び安土城に呼ばれたわたしと政元様は、早速、元服したばかりの於次丸様を引き渡される事になった。これより、わたしたちを真の父母と慕うと言われたが……あまりにも急な展開にわたしの心は麻の如く乱れている。


(姿形は前世の秀勝そのもの。だけど、果たしてわたしの知る秀勝と同じだろうか?)


諱が違うだけではない。前世でわたしの元に来たのはもっと幼かった頃であり、すでに少年期に入っているこの子の性格は、その『ズレ』の間の環境によって変わっている可能性が高い。それに、立場も違う。


よって、前世と同じように我が子と思って接すれば、きっと後で泣きを見るとわかっている。わかっているが……前世で悲しい別れをしているだけに、今度こそ母として慈しみ、守ってあげたいという気持ちが先に出ても来る。


だから、大いに迷っている。素直に抱きしめてあげたらいいのか……と。


「あ、あの……寧々様?い、いきなり……なにを?」


「へっ!?」


訂正……。どうやら、迷いながらわたしは感情の赴くままに、四郎様を抱きしめて……さらには頭を撫でたり、頬擦りまでしていた様だ。同時に後ろから政元様のため息も聞こえて、わたしは慌てて四郎様から離れた。


「も、も、申し訳ありません!つい……四郎様が我が子のように愛しく思いまして、その……」


「い、いえいえ、いいんです!そこまで想って頂けたとは、光栄にございます。どうか、真の息子と思って、末永くご指導の程を」


はあ……そうは言っても、きっと四郎様は「変なおばさん」と思っているでしょうね。帰ったらヤケ酒しよう。飲んで飲んで飲みまくって、この恥ずかしい記憶を吹き飛ばそう。うん、そうしよう……。


「そ、それで……本当に今日より我らと行動を供にされるので?」


「はい。上様からはそうするように命じられております。この後越前や美作に行かれると聞きましたが、そちらにも同行させていただければと……」


わたしが一人反省している中で、政元様は四郎様と話を先に進めた。もちろん、同行すると言っても四郎様は織田家の御曹司。一人ではなく、信長様から付けられた家臣も一緒についてくるはずだ。もしかしたら、その中には我らの動きを監視する間者も紛れているかもしれない。


そして、その可能性は政元様もお気づきになられたのだろう。同行を認める前に、連れて行くお付きの家臣を紹介するように四郎様に求めた。


「承知いたしました。では、早速……」


一旦部屋の外に出た四郎様であったが、それから間もなくして信長様につけられたという家臣たちを連れて戻ってきた。人数は4名。中には知っている者も居るが……その一人一人の名をわたしたちに告げた。


「では、右から順に申し上げます。森傅兵衛可隆、長谷川藤五郎秀一、古田左介重然、荒尾三左衛門照政……」


一人一人その呼びかけに頭を下げるが、ふと気になる事があって訊ねる事にした。勝蔵君のお兄さんである森傅兵衛殿は、美濃金山城主で5万石を領していたはずだ。これは一体どうなるのかと……。


「いずれ、下野か常陸に国替えとなりますが、それまでは代官を置くことにしています。武田が味方になっている以上、美濃が戦場になる事はありませんからな。問題は起きないでしょう」


何かそう言うと危険な臭いがしてくるのだが、仮にそうなったところでわたしには関係ないから、本人が納得しているのであれば、これ以上口出しする必要はない。


そして、改めてこの人選を考えてみる。もし、間者の可能性があるとすれば……意外なことかもしれないが、最年少の荒尾三左衛門ではないかとわたしは疑う。


「あ、あの……某の顔に何か?」


「いいえ、何でもありませんわ。おほほほ……」


そう……このようにチラッと見ただけで反射的に返してくるのは、常に周りに気を配っている証拠であり、ホント……この未来の池田輝政は、前世同様に油断ならない。

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