第589話 忠元は、豊後で沙汰を下す

天正10年(1582年)4月上旬 豊後国府内館 斯波忠元


3月12日に全軍で門司を解放した後、17日に豊前国山国川で、22日に豊後国宇佐で島津軍と合戦に及んで、立て続けに勝利を収めた俺たちは立石峠を越えて、木付城で大友方の木付中務少輔殿を従えて、4月3日に府内を奪還した。


「追わないのですか?」


府内での抵抗を断念したのか、島津軍が大野郡に去っていく中、尼子勢を率いる山中殿がそう訊ねてきたが、俺は首を左右にしてこれを許さない。これは罠であるからと答えた後に、丹生島城にいる前田殿、羽柴殿、大友殿のお三方にこの府内館への出頭を命じる使者を走らせた。


そして……翌朝、俺の召喚に応じた彼らの顔色は、すこぶる悪かった。


「お三方には、この豊後を兎に角守るようにと、上様よりご下命があったと心得ておりますが……それなのに、なぜ戸次川で合戦に及ばれたので?」


前田・羽柴・大友の連合軍2万余が鶴ヶ城奪還を目指して挑んだ戦いは、3千を超える死傷者を出して大敗したと、木付殿から既に聞いている。主だった将の戦死は、幸いなことになかったと聞いているが、それでも看過できる話ではなかった。


「申し訳ございませぬ。弁明の余地なく、全てはこの前田又左衛門の責任にございます。羽柴殿、大友殿は某の命に従っただけに過ぎませぬゆえ、どうか……罰は某の身に」


その瞬間、「又左殿!」と声を上げた羽柴殿が「お止めすることができなかったのは、某も同罪にて」と共に罰せられることを望んだ。二人は親友だと母から聞いていたが、この期に及んでもかばい合う姿を見せられると、それは本当だったのだと思い知らされる。


ただ……だからといって、私情を挟むわけにはいかないが。


「この九州征伐の総大将を上様並びに大樹様より仰せつかった某の名において、皆様に沙汰します。前田又左衛門、羽柴筑前守、大友宗麟の三名は、命令違反のかどにより、領地を全て召し上げることにします」


「そ、それは……改易という事で?」


「そうです、宗麟殿。本来であれば、我らがこの府内に迫った時に丹生島城から出撃して、島津軍を挟撃して頂くというのが作戦でしたからね。それなのに戸次川の敗戦でそれが適わなかったのですから、当然の処罰だと心得ますが?」


半兵衛殿を思い出しながら、少し演技を入れてそう冷たく言い放つと、宗麟殿はがっくりと項垂れた。前田殿と羽柴殿は……さて、これが次に出てくる言葉の前置きだと見抜いているのか、それとも反論がないだけかわからないが、特に騒いだりはしない。


ならば……と、俺は話を続ける。


「但し……この九州征伐は、まだ道半ばに差し掛かったところです。これより我が下知に従い、先の罪を補うだけの功績を挙げたなら……処分の撤回も考えましょう。お三方、如何かな?」


「武衛様の御寛恕、真に忝く存じます。この上は、羽柴殿、大友殿共々、お下知に従い、戦場にて取り返す事をお約束いたしまする」


前田殿がそう口上を述べて頭を下げると、合わせるように羽柴殿も同じく頭を下げて従う事を約束してくれた。宗麟殿は……二人より少し遅れて拝命した。


その様子が少し滑稽であったが、これで戸次川の敗戦処理に区切りがついた。そこで改めて、彼らのみならずここに集う諸将に、ここからの作戦を説明した。


「敵は我らが追撃してくるとみて、大野郡から日向へ向かう街道に伏兵を置いている事でしょう。無論、力押ししても勝てるとは思いますが、損害も大きくなるはず。そこで……」


俺は敢えてこれを無視して、海沿いを南下して日向に兵を進めると宣言した。


「この役目を前田殿と羽柴殿、大友殿にお願いしたい。よろしいかな?」


「心得ました」


「「同じく!」」


「そして、前田殿らが日向に向かっていると大野郡の島津勢に敢えて知らせてやろうと思う。喜兵衛……そちらの差配は任せる」


「はっ!畏まりました」


「毛利殿はかねての予定通り、船で前田殿たちの支援を」


「心得ました」


……これは、嘘だ。今回の作戦の肝になる部分なので、敵に知られぬようにわざとそう言ったが、毛利殿の船は日向ではなくてそのまま薩摩に向かう。勝蔵殿が率いる精鋭部隊と共に。


「そして、残る者たちは、島津軍が大野郡より本格的に撤退を始めたら、その時こそ追撃を行う故、それに備えるよう。なお、指示は我が本陣より行う故、それまでは勝手に動かれぬよう、徹底願いたい」


「「「「承知仕りました!!」」」」


ふう、これでよし。あとは実が落ちるのを待つのみだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る