第588話 権六は、筑前にて沙汰を下す
天正10年(1582年)4月上旬 筑前国立花山城 柴田勝家
豊前・門司で島津軍と合戦におよび、これを打ち破った我らは、予定通りそこで軍を二手に分け、そのうちの一方を儂が率いて、筑前に入った。兵力は佐々、不破の者どもを加えておよそ2万だ。
「申し上げます!滝川左近殿が門の外まで出迎えに参っております」
「そうか。大儀であった」
「はっ!」
この筑前に入ってから耳にしたのだが、当初、左近はこれ以上抗し切れないとみて、立花山城を落ちたそうだ。しかし、その後、蒲生忠三郎が細川与一郎、島左近らと共に残存兵力で龍造寺軍に夜襲を仕掛けて勝利したことから、逃走をやめて再び戻って来たとか。
それゆえに、儂の左近に対する印象はすこぶる悪い。まあ、それがわかっているからこそ、左近もこうして出迎えに来ているのだろうが、だからといってこれくらいで評価を変える儂ではない。
「此度は、遠路はるばる救援に駆け付けていただき、忝く存ずる。歓迎の宴を準備しておりますので、今日はごゆるりと……」
「無用である」
「は?え、い、いや、しかし……権六殿のために、城下より見目麗しき幼女を集めておりまして……」
見目麗しき幼女か……。う〜ん、迷うところだ。見てみたいと迷うところだが……
「……それよりも、今後の沙汰を下すゆえ、そちら側の主だった将たちを広間に集めてもらいたい。特に蒲生ら、龍造寺の熊退治をやって退けた勇者たちは必ず呼ぶように」
やっぱり、仕事は優先させなければならん。儂は左近にそう伝えて、配下の諸将らと共に城に入った。
「滝川左近将監一益、上意により筑前の領地を召し上げ、伏見にて謹慎を命じる」
そして、一同が広間に集まったところで、儂は左近に此度の失態に対する沙汰を言い渡し た。
「お、お待ちください!某は、池田殿とは違って、筑前をこうして保っておりまするぞ!それなのに改易とはあまりに……」
「城から逃げ出したことはすでに耳にしておるぞ、左近。それで保っているとよく言えるな。そこにいる忠三郎らがおらねば、この筑前は龍造寺の物になっていた……違うか?」
「そ、それは……」
この沙汰は、儂が独断で決めたものではなく、条件付きで幕府から正式に下されたものだ。そして、付帯条件には「滝川が独力で筑前を保っていた場合」と記されている。よって、取り残された忠三郎らの力によって保つことになった時点で、左近の処分は確定したのだ。
「そ、そう……これは、戦略的撤退。敗走ではなく、あくまで高度な戦略のひとつでして……」
それでも左近は、なおも見苦しく言い訳を続けようとする。しかし、この者に対する用が済んだ以上は、この場にいることさえも儂は認めない。配下の者に合図を送って、広間の外に連れ出させて次の話題へと移る。
「さて、これより今後の方針を説明しようと思う。……が、その前に忠三郎」
「はっ!」
一昨年に毛利との和睦を勝手に進めて、激怒された上様より、この九州攻めで一兵卒として加わるよう命じられたとは聞いていたが、まさかかような大金星を挙げるとは思ってもみなかった。
降伏を装った夜襲で、敵の総大将・龍造寺隆信を討ち取るとは……真にあっぱれな 若武者だ!
「そなたの手柄については、すでに安土の上様にお伝えするべく使いを送ってある。追って恩賞の沙汰もあろうが……」
今は戦時中だ。こうして、使える有能な味方を得たからには活用しないわけにはいかない。
「この九州の仕置きが終わるまでの間、そなたに筑前の守護代を命じる。滝川殿より将兵を引継ぎ、この地を統治せよ。また、細川与一郎と島左近は与力とする」
「え……?」
驚きのあまり、忠三郎から声が漏れたのは聞こえたが、儂は聞かなかったことにして、改めて確認する。「引き受けてくれるな?」と。
「も、もちろんにございます!この蒲生忠三郎、命に代えてもこの筑前を守護し奉りまする!」
まあ、これから先、この筑前に敵を入れるつもりはないから、しっかりと国を治めてもらいたい。さすれば、上様も益々婿殿の活躍にお悦びになられるだろう。あとは、武衛様に負けないように頑張ってもらいたいものだ。
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