第586話 寧々さん、清洲で孫と対面する(後編)

天正10年(1582年)3月中旬 尾張国清洲城 寧々


「双子だったの……?」


孫八郎の告白に驚いたわたしは、念のために確認するかのようにそう言葉を口から吐き出したが、これに対して園が「申し訳ありません」と泣き崩れて、事実であることを認めた。


(確かに、双子は畜生腹と言われて忌み嫌われてはいるけど……)


共に青ざめて固まっている嶺松院殿と違って、わたしにはそれほどの忌避感はない。何しろ、忠元が長政様の隠し子であることを誤魔化すために、莉々と双子の設定にしたくらいなのだから。


「ちなみに、この事は忠元も知っているの?」


「いえ、殿は何も……」


泣いている園に代わって答えた孫八郎は、お産の時、忠元は上洛して不在だったから、自分の判断で長富丸の誕生だけを知らせたと言った。……というか、子が生まれるのに上洛するなんて何をやっているのよと、あの子に問い質したい。


「それで、その……もう一人の孫は、今、どこにいるのだ?」


政元様がそうお訊ねになられて、もしかしたらすでに間引きされたのではないかと心配したのだが……孫八郎は孫娘を杉原の兄上に託したと答えた。ただ、場合によっては忠元の娘であることは秘密にしなければならないので、今の所は兄上が他所で作った子ということにしていると……。


「それはまた……阿古の義姉上がお怒りになっているでしょうね……」


「はい。何でも大喧嘩となり、阿古殿はお子様方をお連れになり、実家に帰られてしまったようでして……」


「それはまた……」


同じような光景は前世で何度か見たので容易に想像がつくが、それだけに今回だけは全くの冤罪なので、兄が気の毒に思えた。


孫八郎などは呑気に「このまま離縁になるのであれば、責任をもって然るべき家柄から後添えを紹介するつもりです」……と言うが、それで兄上が幸せになれるとは思えないので、解決策には全然なっていないと思う。ゆえに、わたしはため息をつきつつ、また口を挟むことにした。


「孫八郎」


「はっ!」


「直ちにその子をこの城に連れ戻しなさい。あと……阿古殿にはそなたがきちんと事情を話して、誤解を解くことも忘れずに」


「ね、寧々様……し、しかし、それでは、長富丸様が畜生腹であることをお認めになるというのですか?」


「認めるも何も事実でしょう?それに、そんな事を言ったら忠元はどうなるのよ。忘れているのかもしれないけど、あの子も莉々と双子なのよ?」


「あ……」


本当は従兄妹なので違うのだけど、表向きはそうなのだからわたしはこの主張を押し通して、この対応が間違っていたことを孫八郎と……園に教えてあげる。


そして、それでももし、長富丸の外聞を気にするというのであれば、わたしが引き取って育てることを伝えた。瑚々の双子の妹という扱いにして。


「しかし、それでは瑚々姫様にご迷惑が……」


「園。あいにく、うちはそういう迷信じみたことは気にしていないのよ。おまえ様もそれでいいでしょ?」


「ああ、もちろんだ。寧々の思うようにすればよい」


いや、政元様はきっとむしろそのようにして貰いたいというような表情をされている。わたしもそうだが、孫の一人くらいは手元に置いておきたいという気持ちがある。


「だから、園は何も気にしなくていいのよ。忠元の子を二人も産んでくれてありがとう。本当に心の底から感謝しているのだから、胸を張りなさい!」


「ありがとうございます、ありがとうございます……」


再び泣き出した園を嶺松院殿が寄り添って慰めている。ただ、その嶺松院殿もわたしの提案に異論はないらしい。


だからわたしは、もう一度孫八郎に命じる。速やかに姫を連れ戻しなさいと。


「……承知いたしました。姫様の処遇については、九州に出陣している殿に文を出して指示を仰ぐことといたしますが、一先ずこの城に呼び戻すことにいたしまする」


孫八郎はそう言い残して、この部屋から出て行った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る