第584話 忠元は、周防にて九州征伐の開始を宣言する

天正10年(1582年)3月上旬 周防国築山館 斯波忠元


「九州征討軍総大将・斯波左兵衛督様、おなぁりぃ!」


俺が広間に入ると、諸将が一斉に平伏した。織田家で今や筆頭家老の地位にあると言ってもいい、柴田殿も同じくして。


ただ、これしきの事で動じる俺ではない。そもそも、俺は上様の婿であり、大樹様の義弟。このお二人の名代としてこの場にいるのだ。


「さて、柴田殿」


「はっ!」


「おおよその事はすでに承知しているつもりだが、念のために確認しておきたい。今、この周防長門を含めて、戦況はどうなっている?」


「……では、ご説明しましょう」


すでに、周防と長門の反乱は、柴田殿の手によって鎮圧されていた。河尻殿は一揆勢に殺害されて、原田殿は石見に敗走。津和野の吉見に匿われていた所を引き取り、安土に送ったとか。


そして、九州の方はというと、豊後の前田・羽柴勢が戸次川で島津に大敗したおかげで、豊前の池田殿は松山城を諦めて門司まで退き、一方、筑前の方はというと、滝川勢が夜襲を仕掛けて龍造寺隆信を討ち取ったとかで、それをきっかけに盛り返しつつあるということだった。


(う〜ん、筑前は意外だったな。予定では、敗走に敗走を重ねて、この周防に逃げ込んでいると思っていたのにな……)


何があったのかは知らないけど、戦後の事を考えると、これはちょっと厄介なことになったなと思った。


「どうかなされましたかな?武衛様。説明は以上になりますが……」


「ありがとうございます。非常にわかりやすくて助かりました」


ただ、いくさに誤算はつきものだ。この程度の事を修正できぬようでは、天下を獲るなど夢のまた夢だ……。


「では、これより作戦を申し上げる」


ゆえに、俺は気を取り直して、居並ぶ諸将に号令を下した。


「まず、門司城を救援します。これより全軍で赤間関まで兵を進めるが、先陣は土地に明るい毛利殿にお願いしたい。よろしいかな?」


「畏まりました。仰せの通り、門司はかつて我が毛利の城でしたからな。どうかお任せあれ!」


「第二陣は柴田勢、そして、某の斯波勢も続きます。後詰は森勢と佐々勢……」


「ええっ!!万福……いや、武衛様!俺が第二陣の筆頭じゃないんですか!」


「勝蔵殿には、その後で別のお役目をお願いするつもりなので、それまで力を温存しておいてください。なに、そんなにお待たせはしませんから」


「そうか。なら、もうちょっとだけ待ってやる!俺はおまえの兄貴分だからな!」


その子供っぽいやり取りに、多くの者たちから笑い声がこぼれて場の雰囲気を良きものに変えた。これを狙ってやったのであれば、非常に大したものだと感心するが、きっとそうじゃないだけに、俺も苦笑いを浮かべた。


「また、この周防・長門の留守は、徳川殿にお任せいたします。一揆は一応鎮圧されていますが、まだ完全に安心することはできません。くれぐれも、我らがいくさをしている間は、抑え込んでおいてください。よろしいですね?」


「承知した。後ろの事は、この徳川三河守にお任せあれ!」


本多平八郎、榊原小平太という牙が抜けたとはいえ、母上が昔から警戒しているのはこの徳川だ。過度な手柄を立てさせるわけにはいかないが、能力がある以上、使わない手はない。


「なお、門司城を開放した後、筑前の救援と龍造寺攻略は柴田殿にお任せして、他の者は俺と共に豊前、さらにはその先の豊後へ向かいます。ただ、毛利殿……」


「はっ!」


「豊後開放後は、船を使いたいと思います。そこで、村上水軍を始めとする海賊衆に声をかけて、船団を今より伊予・佐田岬周辺に集めてもらいたい」


島津は現在、豊前・豊後に5万という大軍を展開していると聞く。ならば、本拠地・薩摩は手薄であり、そこを襲撃すれば、例え城が落ちず、損害が大きくなくても前線の将兵は浮足立つだろう。


「よろしいかな?」


「承知しました」


「そして……その船団と共に薩摩を突く役目だが、勝蔵殿にお願いしたい」


失敗すれば、全滅することもあるだけに、非常に勇気がいる役目であるが……俺は、勝蔵殿程の勇者を他に知らない。それゆえに、迷うことなくお願いする。


「おう!任せておきなっ!!」


ニッカリ満面の笑みを浮かべて、勝蔵殿が作戦を引き受けてくれたことで、この九州征伐の大まかな作戦説明は終わる。あとは、結果を出すだけだ。

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